怜様は不調法でして

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
8 / 35
第四話

☆☆☆☆

しおりを挟む


 厄介な相手との恋を成就させている由宇に、俺は何一つとして反論出来ない。

 テーブルにスマホを置き、本格的にお説教モードに入った由宇は最近めっきり大人っぽくなった。 雰囲気だけ。


「真琴はね、好きって気持ちを返してもらおうとは思ってないんだよ。 怜にだってそうじゃん。 恋愛感情抜きにして、好きな人には好きって言っちゃう子なんだ。 三年も一緒に居るんだから、怜も真琴の性格分かってるでしょ?」
「……俺は、……」


 そこが分からないんだよ、由宇。

 真琴の本性は俺達には見えていないところにあるような気がして、進んだ先に何があるのか読めないのがそこはかとなく怖いんだ。

 俺は、……と口ごもったちょうどその時、てんとう虫柄のリュックを抱えた真琴が入り口に見えた。


「由宇ーっ、怜様ーっ」
「あ、真琴だ」


 俺が来た時と同じように、由宇はわざわざ立ち上がって真琴に手を振った。 真琴もニコニコで手を振り返している。

 由宇が小型犬なら、真琴は中型犬といったところか。

 吠え始めるとうるさいものの、基本的に頭が良くて忠誠心が強いという部分ではドンピシャで、顔もなんとなく柴犬っぽい。


「由宇っ、久しぶりー! 会いたかった! 相変わらずちっちゃいねぇっ」
「一言多いよ! そんな変わんないだろっ」
「えー? 怜様、見て見て。 どっちの方が大きい?」


 二人が並んで言い合っていると、まさに小型犬と中型犬の喧嘩に見えて吹き出しそうになった。

 小さな口論はやかましいけれど、高校時代と変わらない二人が揃うと何とも癒やされる。 真琴のドヤ顔と由宇の膨れっ面に、俺も思わず笑顔が溢れた。

 どっちの方が大きいかって、そんな小学生のような諍いを公衆の面前でするんじゃないよ。

 でもまぁ……うん、背中合わせにならなくても分かる。

 出会った頃、真琴と由宇の背丈はほとんど変わらなかった。 だがしかし、高校卒業までに真琴は十センチ近く背が伸びたから、目視で充分。


「そりゃ真琴でしょ」
「えへっ、怜様大好きっ」
「むぅー! 分かりきった事を……!」


 ごめんね、由宇。 俺は見たまま、問いに答えただけだよ。

 ムッと唇をへの字に歪ませた由宇の隣に腰掛けた真琴は、だらしなくヘラヘラしている。

 〝大好き〟過多な真琴が、なぜ俺の隣ではなく目の前の椅子に落ち着いたのか。

 問いはしないが、一目惚れした俺の顔を咀嚼の合間も見ていたいからだと、きっと真琴は平然と破顔する。

 ……自惚れ過ぎかな。


「……で、なに食べたいの?」


 席を立ちながら、真琴に問うた。

 食券の番号札を手にしている由宇は、買いそびれの心配はない。 一方、混雑する食券機を素通りして来た真琴と俺は、飢えている。


「ん~……今日はかっぱ巻きの気分!」
「無いよ」
「じゃあそれに似たやつ!」
「ここの食堂に寿司的なものは無いからね? 期待しないでよ?」
「見くびらないでくださる!? おれはね、怜様が与えてくれるものならその辺のゴミでも嬉し……」
「分かった、分かったから」


 とんでもない事を言い出した真琴に背を向け、食券機に急いだ。

 重いんだよ、言葉が。 真琴の俺への愛情表現は、何年経とうが慣れない。


「かっぱ巻きなんてあるわけないよ……」


 財布片手に、食券を買う列に並んで待つ事五分。

 写真付きで表記されたメニューは、有名大学ともあって種類が豊富なんだろうけれど……真琴が所望したものは見当たらない。


「カツカレーでいっか。 いや野菜カレー?」


 俺の後ろにも人が並んでいるのに、人差し指を食券機に構えて悩む。 無難なメニューを選ぼうとして、躊躇した。

 真琴の今日の気分はかっぱ巻き、という事は、さっぱりしたものがいいのかな。


「……よし、サラダうどんだな」


 あっさりさっぱりしていそうなものが、これくらいだった。 俺は朝食がコーヒーだけだったのでカツカレーにした。

 真琴のくせに、昼食一つで俺をこんなに悩ませるとは。

 受け渡し口で待っていると、「園田君、こんにちは」と女性に話し掛けられた気がするが、〝真琴のくせに〟が脳内を占めていて無視してしまった。 悪気はない。



 その後、悩んだ末のサラダうどんが真琴の気分と合致した事を知るや、直ぐに気分を持ち直した俺は自分で自分の気が知れない。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

迅雷上等♡

須藤慎弥
BL
両耳に二つずつのピアス、中一の時から染めてるサラサラ金髪がトレードマークの俺、水上 雷 は、 引っ越した先でダチになった 藤堂 迅 と やらしい事をする間柄。 ヤリチンで、意地悪で、すぐ揶揄ってくる迅だけど、二人で一緒に過ごす時間は結構好きだった。 いつものように抜きっこしようとしたその日。 キスしてみる? と、迅が言った。 ※fujossy様にて行われました「新生活コンテスト」用に出品した短編作です。

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

有馬先輩

須藤慎弥
BL
『──動物界において同性愛行為ってのは珍しいことじゃないんだぜ』 《あらすじ》 ツヤサラな黒髪だけが取り柄の俺、田中琉兎(たなかると)は平凡地味な新卒サラリーマン。 医療機器メーカーに就職が決まり、やっと研修が終わって気ままな外回りが始まると喜んでいたら、なんと二年先輩の有馬結弦(ありまゆづる)とペアで行動する事に! 有馬先輩は爽やかで優しげなイメージとはかけ離れたお喋りな性格のせいで、社内で若干浮いている。 何を語るのかと言えば、大好きな生き物の知識。 一年以上、ほぼ毎日同じ時を過ごして鬱陶しいはずなのに、彼を憎めない。 そんな得な才能を持つ有馬先輩に、俺はとうとうとんでもない提案をしてしまう。 ※2022年fujossy様にて行われました 「5分で感じる『初恋』BL」コンテスト出品作

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

処理中です...