怜様は不調法でして

須藤慎弥

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第四話

☆☆☆

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 午前の講義を終え、待ち合わせ場所である食堂にやって来ると入り口の食券売り場からすでに生徒がごった返していた。

 俺は背が高い方だけれど、これだけひしめき合っていると人探しも容易じゃない。

 目を細めて真琴の姿を探す。 いや、本人よりもあの派手なてんとう虫柄のリュックの方が目立つか。

 先に食券を買う列に並んでおくべきか、空いている席を探すべきか、そう難しく考える事もないのにその二択のどちらが合理的か考えた。 すると、……。


「おーい! 怜っ、こっちこっち!」


 満員のテーブル席の中央から由宇の声がした。

 一人で四人席を死守しているようで、その場で大きく手を振っている子犬顔の友人に俺も手を振り返す。

 人波をかき分けて由宇のもとまで到着すると、真琴を入れた三人分の水まで用意してあった。


「席取っといてくれたんだ? ありがとう」
「いえいえ。 お腹空いちゃってさ、ダッシュで来たから余裕で席取れたよ。 十分後には満席になったしタイミング良かっただけかな」
「由宇、ダッシュしたの? 足大丈夫?」
「もう平気だってば。 今もたまに、運動しろとか言っていきなりランニングさせられるんだよ。 先生のマイペースにはついてけないー」
「……そうなんだ」


 中学三年生の時に交通事故に遭った由宇は、話によるとその際、右脚の大腿骨を骨折するという大怪我に見舞われた。 手術とリハビリの成果で日常生活に支障がないほどに治癒したものの、走るのが怖いと高校の体育の授業では見学ばかりだった。

 けれど高校三年に上がった辺りから、とある人物と走る練習を開始し、見事その恐怖心に打ち勝った。

 ちなみに……とある人物とは、由宇の恋人である。 俺も真琴も、高校在学中はかなりお世話になった数学教師。

 教師と生徒の禁断の恋を知る者も、俺と真琴しか居ない。

 二人は付き合うまでが色々と大変そうだったが、目の前でスマホをイジっている由宇のニヤけ具合で現状が分かる。

 そろそろ高校も昼休みの時間に差しかかるもんな。


「……順調みたいだね、由宇」
「ま、まぁね。 それより怜と真琴はどうなの? まだ付き合ってないの?」
「なんで俺達の話になるかな」
「やることやっといて責任取らないのはどうかと思うよ、俺は」
「……返す言葉もございません」


 真琴が居ない時に由宇に会うと、毎回このお説教を食らう。

 耳にタコが出来ちゃいそうだと言い返さないのは、俺にも一応は自覚があるからで、それともう一つ。 どんな事案でも由宇とは口論になりたくない欲目があったりする。

 紙コップに注がれた水を飲みながら、子犬の瞳から逃れるように入り口付近をチラ見した。

 真琴はまだ来ないのか。


「真面目な話。 いい加減、真琴が可哀想だよ。 怜にその気がないなら思わせぶりな事しちゃダメ」
「分かってる」
「分かってないよ。 もうあれから何年? ……三年くらい経つよね。 真琴は何にも言わないの?」
「…………」


 あぁ……耳が痛い。

 真琴が居ない時にしか話せないからって、優柔不断と捉えられてもおかしくない俺に対する由宇の言葉に、すごくたくさんのトゲがあるように感じるよ。

 分かってる、分かってないの攻防は無駄だ。

 遠ざけるくせに、話し合いを進めない。 それらを真琴の強引さで片付けている俺は、由宇から非難の視線を浴びてもぐうの音も出ない。

 俺が明確な切り捨てをしないから、真琴も変わらないのだと分かっている。

 分かっては、……いるんだけど。


「大好き、とは毎日……」
「そんなの俺にも言ってくるよ、真琴。 〝ゆう大好きだよ!〟って」
「えっ?」
「メッセージで、だけど」
「…………」


 ……知らなかった。

 真琴の〝大好き〟は俺限定じゃなかったのか。

 俺が驚いた事で、由宇は直接言われてるわけじゃないとフォローしてくれたんだろうけれど、つい動揺してしまった。

 真琴がほぼ毎日由宇と連絡を取り合っているのは知っている。 それは構わない。

 俺も真琴も、もちろん友人として小型犬みたいな由宇の事を可愛がっている。 それも構わない。

 だとしたら、俺への〝大好き〟と由宇への〝大好き〟の違いは何なの?




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