優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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金髪の男に惚れた日 ─side 九条─

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 まず、チャラそうな見た目が鼻についた。

 どうせ無闇やたらと女どもにボディタッチを交えてアプローチし、二次会がどうのの話題の前には気に入った女と共にこの場から忽然と消えているんだろう。

 結局今日も俺は、ドリンクとフードの補充係に徹する事になる。

 そう思っていた。

 俺はそもそも、出会いなんて求めていない。

 黙っていても女が向こうから寄ってくるのだから、わざわざ合コンなんかに出掛けなくてもそっちで困る事は無い。

 しかしどうしても男側の人数が足りないと、その日も講義の前後に群がってきていた同じ法学部の女子生徒から懇願された。

 気は進まなかったが、これまで何十回と飲みの席を断っていると流石に恨み節を叩かれて面倒な事になりそうだと、渋々承諾した。

 ただでさえ女は噂好きだ。

 「~らしいよ」という鬱陶しい助動詞を何度聞いたか分からない。

 元気にふざけ合う学生特有のノリも俺はちょっとついていけないと常々思っていて、目の前で繰り広げられている酒の力を借りてのバカ騒ぎも、俺には耳栓が必要だと鼻で笑っていた。


「──おかわりの飲み物、何がいい?」
「……は?」


 ロクに受け答えしない俺を、一時間もすると女達は避け始めていた。

 ツンケンした俺は早く帰りたいオーラを漂わせていたのだが、鼻につくと嘲笑っていたチャラそうな男がいつの間にか俺の隣に座っていて、なんと気安く話し掛けられた。

 「何にする?」とメニュー表を差し出してきた金髪の男を、まじまじと見てしまう。


「さっきまでビール飲んでたよな、次もビールがいい? ていうかあんまりつまみ食べてないみたいだけど、悪酔いするからちゃんと腹に何か入れた方がいいよ?」
「…………」
「んーと、名前なんだっけ。最初みんな自己紹介してたけど俺聞いてなかったんだよね」
「…………」


 俺は考察力、推理力に優れているという自負がある。

 率先してあのバカ騒ぎの中心に居てもおかしくない金髪男が、輪から外れた俺の隣に居る事がまるで信じられなかった。

 しかも、俺が担おうとしていた補充係を進んで行っている。

 ビールを飲んでいた事も、つまみに手を付けていなかった事も、見抜かれた。

 何だコイツ。これも女を惹き付けるために気の利く男だぜっていうの見せようとしてるんだろ。

 派手なナリをしときながら、バカ騒ぎはしないというクールを気取ってんのか?


「……どういう魂胆?」


 聞かれた事をすべて無視し、初対面の男をかなりキツい目で睨んでしまっていた。

 俺はこういう場に慣れていないから、金髪男の考えている事など分からないので率直に問い質したまでだ。

 キレられるか、これみよがしな溜め息を吐いて席を立つか、どちらだろうかと予想した俺は皮肉めいた笑みさえ浮かべていたかもしれない。


「魂胆? 何が?」
「女に気に入られようとしてるんだろ? お見通しなんだよ」


 よくよく見るといかにも女受けしそうな整った顔立ちだ。

 腰掛けた目線の位置からしてそれほど上背は無さそうだが、これだけ見た目がいいと絶対に裏の顔もあると信じて疑わなかった。


「いや、俺人数合わせだからさ。飲み物当番を買って出てんの」
「……人数合わせ?」
「そう。なぁ、名前なんて言うんだよ。俺が聞いた事何も答えてくれてない」
「おかわりはビールで。つまみも枝豆なら食う。名前は九条政宗」
「え!? 政宗……! カッコイイなぁ! 俺、伊達政宗好きなんだ。うわぁ~恐れ多くて名前で呼べないから九条君って呼ぶ事にする!」
「…………」
「あ、とりあえずみんなのも聞いて注文してくるな。九条君、枝豆頼んでくるからちゃんと食べなね」


 呆気に取られた俺に、馴れ馴れしく人差し指を向ける金髪男こそ自身の名を名乗らなかった。

 俺の名前に興奮し、伊達政宗の逸話を語り始めたら面倒だなとは思ったが、何より拍子抜けだったのは「見た目ほどチャラくない」ところ。

 初めて俺の推理が外れたのだと気付くまで、そう時間はかからなかった。

 名前は芝浦七海、文学部三年、地方出身。

 はじめから乗り気でなかった女との出会いはそっちのけで、俺は枝豆をつまみにビールを飲みながら、隣から一度も離れなかった七海との会話を時間いっぱい楽しんだ。

 女と話すよりも楽で、気兼ねが要らない。

 友達付き合いさえ面倒くさくて敬遠していた俺が、二次会は出ないと話した七海をバーに連れ出したのはごく自然の流れだったと思う。


「九条君、大丈夫? 飲み過ぎじゃない?」


 外で飲む酒は美味かった。

 居酒屋の薄っぺらい酒など飲む気にならず、バーに移動してからの俺は七海との会話を肴に浴びるようにアルコールを体に流し込んだ。

 初対面とは思えないほど会話が弾み、見た目と中身のギャップに心を奪われ、たとえ男だと分かっていてもつい「恋人にしたい」と思わせる七海が天使に見えた。


「七海さぁ、今は誰とも付き合うつもりはないってさっき言ってたじゃん」
「うん、言ったけど」
「……俺と付き合わねぇ?」
「…………え、?」



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