優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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優しい狼に初めてを奪われました

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 暖かい陽射しがカーテンの隙間から差し込む。

 ツクツクボウシが独特な鳴き声で晩夏を知らせ、照り付ける太陽光線がほんの少しだけ名残り惜しく感じる大学生活最後の夏休み。

 自活のためにゼミに入ってなかった俺は黙々と卒論に励み、和彦は勉学に勤しんでいる。

 卒論は冬休み前には提出したくて躍起になって取り組んでるけど、構ってほしいと心優しい狼が隣で瞳をうるうるさせ始めたら、存分に和彦との時間も作ったりして……俺は「恋」を満喫してる。

 ただし、デートらしいデートはまだ一度もない。

 和彦が寂しさの限界を迎えても自宅でイチャイチャする事だけで我慢してるのは、卒論が終わったら卒業旅行と称して遠出しようって和彦と約束したからだ。

 見た目によらず真面目な俺に、和彦はその提案を二つ返事でOKしてくれた。

 不服そうな様子を微塵も見せず、「たまに目一杯構ってくれるなら」って条件付きではあったけど、思った以上に物分りがよくて嬉しかった。

 俺を信じてくれて、俺の考えを最優先してくれてるなって実感する。

 和彦の変化はそれだけじゃない。

 大学内での他人への振る舞い方が以前より遥かに好印象だ。

 元々まったく話せないわけではないから、先入観や凝り固まった疑心暗鬼さえ拭えば、和彦はあっという間に人気者となって俺にとっては心配の種がつきない。

 ヤキモチ焼きな俺はあんまり見たくない光景ではあるんだけど、和彦は将来、否が応でもたくさんの人と関わっていかなきゃならない事を思えばコミュニケーション能力は培っておくべきだ。


 俺が居るから強くなれる、俺が居るから前を向ける。


 女子に取り囲まれてるのを見てはヤキモチ焼いて、あからさまにムッとした俺を和彦はそう言って無人の教室で抱き締めてくれるから……俺は不安を感じない。

 和彦は優しい。

 俺への愛に溢れていて、それを少しも遠慮しない。

 あんまり気が進まない和彦のスパダリ改造計画が着々と進行中なのを目の当たりにすると、どうしても複雑な思いも巡ってしまう。

 分かってるんだけどな。

 今和彦は、これまで学んでこなかった対他人との会話というものを目下練習中だから、発破をかけた俺がヤキモチなんて焼いてちゃダメだって。

 ──勝手だよな、俺……。

 和彦の事言えないくらい俺もおかしくなってるんだって、最近はつくづく思い知っている。





「七海さん、今日はその辺にしませんか?」
「……んー、あと一ページ終わったらなー」


 座り心地の良いリビングのソファがお気に入りで、俺がそこで毎日の日課となった読書に耽っているとバスルームから色男が髪を拭きながら出て来た。

 キリがいいところまで読み終わり本を閉じて顔を上げると、水も滴るいい男状態の和彦がジッと俺を見下ろしていた。

 あの対決から二週間。

 勉学に勤しみつつ捜査協力を仰がれた和彦は俺より多忙を極めていて、さすがに疲労の色が見て取れる。

 そしてこの瞳。

 三日か四日おきの「寂しいから構ってください、限界です」という無言のメッセージが、視線と一緒に心に届く。

 しかと受け取った俺が両腕を広げて見せると、すかさず抱きついて甘えてくるとこなんてまるで、もふもふの尻尾を揺らす大型犬みたい。

 シャワーを浴びたてのポカポカした温かさに、思わず笑みが漏れる。

 これぞ和彦、って感じのローズ系の香りが鼻孔をくすぐった。

 毎晩抱き合って寝てるし、久しぶりの抱擁ってわけではないんだけど……何となく離れたくなくて、立ったままだった和彦の体をソファの上に落ち着かせる。


「……なぁ和彦。そういえばあの時、なんでビジネスホテルの場所が分かったんだ?」


 ふと湧いた、ていうかずっと燻ってた疑問。

 和彦の膝に乗り上げて、こてんと体を預けるとすぐにぎゅっと抱き締めてくれる。


「……どうしたんですか、急に。話してもいいですが……怒りませんか?」
「何その入り方。デジャヴなんだけど」
「あー……、その……アプリを入れてありまして」
「アプリ?」


 少々気まずそうに顔を背けた和彦は、「今スマホ手元にありますか?」って言うから首を傾げながらポケットからそれを取り出してみせる。

 和彦は俺のスマホを鮮やかに手に取ると、トップ画面を二度スワイプした。そこには自分のスマホなのに知らないアプリが表示されていて目を丸くする。


「えぇ、何これ!? 知らなかった! こんなの入ってたんだ、俺のスマホに」
「……はい」
「そっかぁ、だからあんなにすぐ居場所分かったのか」
「……怒らないんですか?」
「いや、別に? 俺の居場所知ってないと不安になるんだろ? じゃあ入れとくべきじゃん」


 アプリを起動させてみた俺は、至極当然のように言い放つ。

 ヤバいって顔した和彦の方が、俺には意味が分からない。

 初めてを奪われた翌日、迷う事なく俺ん家まで来たから不思議で気味が悪かったけど、そういう事かって納得した。


「七海さん……っ! 最高です、あなたは最高の恋人です……!」
「ぅぐっ……」


 感極まった和彦からの締め上げはいつも苦しくて、呼吸が止まりそうになる。

 ──そんなに感動させる事言ったかな。

 俺も、和彦も、お互いの居るところがすぐに分かるなんていいじゃん。


「これって俺からも和彦の居場所特定出来るって事だよな?」
「はい、そうです。ここを押すと共有リクエストが僕にきますので、……もし僕からの応答が無くても、何分か待てば自動的に教えてくれる仕組みのようです」
「へぇ~。……いいな、束縛し合ってるって感じ。へへっ」


 俺はヤキモチ焼きだって事が分かったし、和彦もそうみたいだからこのアプリはお互いにとってはいい事しかないよ。

 スマホを握り締めてニヤついてしまった俺は、世間一般では「変」である事に気が付くはずもない。

 過剰な束縛が心地良いと思えるおかしな俺達だから、恐らく一生気付けないまま盲目であり続ける。

 すべては、やや瞳を潤ませて俺を捉える優しい狼に、恋をしてしまったから。


「あなたって人は……」


 困ったように笑う温かい視線に、胸がギュッと締め付けられる。

 俺の事が大好きで大好きでたまらない、愛おしくてしょうがない、……そんな視線にドキドキする俺は、間違い無く理想の恋をしていた。






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