優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
194 / 206
優しい狼に初めてを奪われました

しおりを挟む



 脱力して笑ってしまった俺の手のひらを、和彦が優しく手に取る。

 甲に口付けられて腕を引かれ、やわらかく抱き締めてくる気障な愛情表現も、やる人によってはごくごく自然だ。

 ヘタレを脱却しスパダリを目指す和彦の心は、人間関係に揉まれてないせいでどこかまだ幼く、純粋。

 やらしい方の経験は俺の想像を遥かに超えてそうだけど、まぁそこはヤキモチ焼きながら許してやろう。

 和彦の背中に腕を回して、和彦の匂いを存分に嗅いでぎゅっと抱きついてみる。

 すると安定の吐息を漏らし、そっと頭を撫でてくれた。


「七海さんは変わらないです。男らしくて、素直で、真面目です。あ、……変わったと言えば……強いて言うなら僕の事を好きになってくれたところ、ですかね。僕の過ちを許してくれて、僕と恋をしようと決めてくれたところです」
「…………恥ずかしい。照れるからやめろ」
「ふふっ……七海さん、耳が真っ赤です」
「やめろって」


 和彦の声も、体温も、香りも、力強い腕も、それらを感じるだけで今や俺の心臓はおかしくなるんだ。

 こうして抱き締められると、味わった事のない甘やかな動悸に襲われる。

 俺は和彦の背後にキラキラが見えたあの日、……いや本当は、出会った瞬間からドキドキして忘れられなかった。

 大事にしてきたのにって。

 俺はこれから夢見てた「恋」をしなきゃいけないのにって。

 ノンケのお前が「初めて」を奪われた俺の気持ちなんか分かるわけないだろって。

 色々な思いを揺さぶられて、よく分からない感情を持て余し、「愛します」と言った和彦に怒りながらも微かな期待を抱いてしまった、俺の内なる「恋」──。


「なんか……思い出すな」
「ん? 何をですか?」
「和彦がめちゃくちゃだった時のこと」
「めちゃくちゃ……」
「俺の初めて奪って強引の限りを尽くしてたのに、急に引いちゃうとか今考えるとあり得ない」
「そ、それは……っ」
「俺も訳分かんなくてムカつきっぱなしだったけどさ。でもあの噂が無かったら俺達……出会う事も出来なかったかもしれないよな」
「……そうですね」
「誤解されるのは嫌だったのにな。和彦と出会えたからあの噂も完全な悪じゃない」
「七海さん……」


 腕を解いて和彦の瞳を見詰めると、たった一口しか飲んでないのにシャンパンが回ってしまったみたいに全身が火照った。

 目頭が熱くなってくる。

 優しい眼差しの中に今にも泣き出しそうな俺が映っていて、恥ずかしくなって目線を逸らした。


「……七海さんの初めての恋は、僕が奪いました」
「…………」
「ずっと、後悔しています。理想的な出会い方をしてあげられなかった事。大切にしていた初めてを寝てる間に奪ってしまった事」
「も、もういいよ……それは」
「何度でも言います。怒っていてください、七海さん。僕の過ちは完全には許しちゃいけない。許さないで、怒りを持ち続けていてください」
「……なんでだよ。別にもう怒ってないのに」
「容易く消えない怒りの感情があれば、七海さんは僕から目を背ける事が出来ないと思うんです。一生、僕の事しか見えなくていい」
「……おい、感動が薄まったよ」
「どうしてですか」
「いや、……重たくてちょっと狂気染みてて盲目過ぎなとこが和彦っぽいのか……?」
「ふふ……っ、七海さんが僕に染まってくれて嬉しいです」


 俺の手を握った和彦は、シャンパングラスを傾けて喉仏を揺らす。そして、今まさにヤバめな発言したとは思えないほど優しく、美しく微笑んだ。

 ……俺は重症だ。

 何もかもを和彦に奪われた。

 心ごと、ぜんぶ持っていかれた。

 もう怒ってないのに、和彦だけを見ててほしいから怒り続けろ、だなんて無茶苦茶だ。

 めちゃくちゃ変で、無茶苦茶な事を言う。

 待てよ。俺こそ、和彦の魔性に囚われたんじゃないのか。


「…………」


 目の前で、和彦がもう一度グラスに口を付ける。

 映画のワンシーンのようなその様子をジッと見ていると、ふいにほっぺたを持たれた。


「え、……っ」


 顔が近付いてきて、唇を強く押し当てられる。

 ……これは初めてじゃないから知ってる。

 少しだけ口を開くと、和彦からシャンパンがじわじわと送り込まれてきた。

 口移しで飲み下すそれは少しだけアルコールが抜けてる気がするのに、舌は蕩けるように熱い。

 こく、こく、と飲み下すごとに、脳がぴりぴりと痺れてくる気もする。

 交わる舌に追い詰められて、手探りでそっと肘に縋ると何故か和彦の口角が上がった。


「……ん、っ……」


 息が出来ない……。

 でも、美味しくてやめられない。

 シャンパンの風味が互いの舌に残ってる、熱さとほのかな甘味がクセになりそうだった。

 いつになくしつこいキスをしてた俺達は、早朝まで好き放題してたってのに夢中で舌を探り合った。


「体力回復、しました?」
「……たぶん」
「奪っていいですか」
「…………」


 たちまちソファに押し倒されて、キスの合間の卑怯な誘い文句を受けた俺は小さく頷くしかなかった。

 分かってて頷かせた和彦に抱くのは、愛おしさと湧き上がる恋情、そして情欲。

 和彦のサラサラとした長めの前髪が、俺のほっぺたをくすぐるほどの至近距離で微笑まれた瞬間……それはさらに大きく膨らむ。


「愛しています、七海さん」
「……俺も」


 「恋」を痛感したドキドキとうるさい心臓が、今にも壊れそうだった。



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

処理中です...