191 / 206
優しい狼に初めてを奪われました
6
しおりを挟む「……七海さん、抱き締めてください」
「…………はいはい……」
「すみません……七海さんに捨てられるという残酷な妄想が駆け巡ってしまって……」
「いきなり妄想して暴走するなよ」
「…………」
驚くじゃん、と笑いながら背中に腕を回すと、無言の和彦からまた体を締め上げられた。
そんなになるまで残酷な妄想してるんじゃないよ。
俺は一言たりとも捨てるなんて言ってないし、そんなつもりも毛頭無い。 和彦の暴走が不意にやって来てもこんなに落ち着いてて、今じゃ笑ってやる余裕まであるってのに。
出会った時を思い返してみろよ。
見ず知らずの男に初めてを奪われて、訳の分からない突飛な事をたくさん言われて気味悪がらせて、休む間もなくずーっと怒らせてくるからドン引きまでしてたんだぞ。
何だコイツ、頭おかしいんじゃないのって。
マイナスイメージから入った和彦への怒りがいつから「恋」に変わってたのかなんて、もう思い出せないくらい和彦の事を好きになっちゃったんだよ。
あれも今考えてみると……暴走の一種だったんだな。
独身をこじらせた中年男みたいに融通が利かなくて、独りよがりで聞く耳も持たなかったんだから、俺の話が通じるはずもなかった。
佐倉和彦を知った今なら、何もかもの辻褄が合う。
暴走して取り乱し始めたら、安心させてやるようにぎゅっと抱き締めてあげるとこの妄想和彦はあっさり落ち着くと分かった時は、なるほどと思ったもんだ。
両親と離れて暮らし、本当の意味で甘えられる人が居なかった和彦は愛に飢えている。
すぐによくない方へ考えて病んでしまうのも、孤独な期間が長過ぎたせいか自分で自分が信じられなくて、でも誰か一人でも己を分かってくれる人が欲しかったんだ。
そんな人は居ない、一匹狼を自ら望んだ自分なんかを好きになってくれる人などきっと現れない、……そう悲観しつつ、和彦は心のどこかで探し求めていた。
心許せる人を。
よく分からなかった愛というものを託せる人を。
不安に陥ったらすかさず抱き締めてくれる、絶対的な味方で居てくれる人を。
「…………和彦、……」
「七海さん、好きです。好きなんです。どこへ行くにも、何をしていても七海さんと居たい。姿が見えないと不安なんです。居場所を知っていないとおかしくなりそうなんです。七海さんが僕ではない人を視界に入れているだけで、胸が苦しくて涙が出そうになるんです」
俺の耳元で、どこかが激しく痛んでいるかのような切なる和彦の声が、重たい愛をこれでもかと伝えてくる。
捨てないで。離れていかないで。
愛を失ったら生きている意味がなくなる。
……重た過ぎる和彦の想いは、「恋」をしてしまった今の俺には温かいお風呂に浸かってる気分になるくらい心地良い。
このまま浸かっていたいと思わせてくれる。
あ、これ……あれだ。
攻めに溺愛されてる受けが、迷惑だって強がりながらも嬉しそうに照れてる漫画を読んで、俺はその受けが死ぬほど羨ましかった事を唐突に思い出した。
「……すげぇ……。『ヘタレ御曹司は独占欲丸出し狼でした』って、めちゃくちゃそそるキャッチコピーだな。……嫌いじゃないよ」
「僕と同じくらいおかしな七海さんなら、受け入れてくれると思っていました。ヘタレっていうのはこれから見直していきます。そのためには、七海さんがリストアップしてくれた事、一つ一つ直していくように努力しますね」
「俺はおかしくないっての。てかもう、和彦はそのまんまでもいいかなって思っちゃてるんだけど、納得しないよな?」
「……そうですね。僕は愛する七海さんを幸せにしつつ、何でもこなせる『スパダリ』ってやつになりたいです」
ヘタレって言葉すら知らなかった和彦が、スパダリなんて言ってるんだけど。
俺がこっそり楽しんできた秘めていたい趣味を知られてしまったのは、やっぱり失敗だった。
男同士の恋愛小説や漫画があるって事、俺は匂わせた程度で直接和彦に話した覚えなんてないのに。
いつの間にか詳しくなってきてる和彦は、ヘタレの意味もスパダリの意味も分かってて使ってるから、危ない道に引きずり込んじゃってるみたいで妙な気持ちになる。
「どこまで俺の趣味に首突っ込んでんだよ! 和彦はああいう漫画は読まなくていいから!」
「七海さんの好きなものは、僕も好きでいたいんです。出来る限り、七海さんの思い描いていた「恋」をしたいですからね。勉強させて頂いています」
「…………っ!」
いや、そんな勉強するほどのようなもんじゃないのに……。
ふと和彦が顔を上げて、傾けてきた。
ちゅ、と俺の唇を啄んでベッドから離れた和彦は、さっきの暴走は何だったんだってくらい落ち着いた様子でスマホを手に戻ってくる。
「七海さんの一番のオススメは何ですか?」
「……なんのだよ」
「漫画です」
「だーかーらー、読まなくていいって言って……スパダリ攻めと凡人受けがオススメ。……好み」
「題名打ち込んでください」
「い、嫌だ、恥ずかしいよ! まさかここで読むなんて言わないよなっ?」
何故かノリノリな和彦からスマホを手渡されても、密かに楽しむものだという意識が強かった俺は顔面を熱くしながら抵抗を試みた。
だけど和彦はニコッと微笑んで、こう言ったんだ。
「僕の願いは、七海さんが望む恋です。この場所で、七海さんの理想とする恋を知りたい。共感してあげたい」
「…………っっ」
恥ずかしさなんてぶっ飛んでしまうほど、いま和彦がスパダリに見えた──なんて言ったら、和彦は極上の優しい笑みを浮かべながら抱き締めてくれるに違いない。
俺の恋はもう、スマホになんか無い。
今ここに、目の前に、ある。
0
お気に入りに追加
661
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる