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盲目の狼 ─和彦─
10※
しおりを挟む手首を解放したにも関わらず、七海さんは目隠しを解かないまま僕を見上げてきた。
上気した頬と唇が、誘うように濡れている。
薄く開いたそこから真っ赤な舌が見えて、細い腰を抱いた腕に知らず力が入った。
「……ん……っ」
暗闇の中にいる七海さんには、キスも突然だった。びしょびしょになったベストとシャツを脱がせてしまいながら、深く口付けていく。
緊張して縮こまった舌を引っ張り出して絡めていると、弱々しく肘を持たれてドキッとした。
この癖、ずっと治んないといいなぁ……。
「……ん、ふっ……ん……」
ぐっと抱き寄せて唇を舐めると、鼻から抜けた甘い声が耳をくすぐった。これまで気にも止めなかった、生々しいリップ音も鼓膜を揺さぶる。
七海さんとのキスは、それだけでセックスと同等なほど脳が痺れて興奮する。
抑えられなくなる。
優しくしたい、気持ち良くしてあげたい、と毎回思っているんだけれど、結局最後まで気持ちいいのは僕だけなんじゃないかって不安になる。
七海さんの全身が悦を物語ってはいるものの、こんなにも我慢が効かないのは本当に初めてだから、まだ僕も慣れないんだ。
「七海さん、ベッド行きましょう」
「……ん」
たっぷりとその唇と舌を堪能し、七海さんがいつも気にする孔も綺麗にしたから、そろそろいいかなと思って耳たぶを甘噛みすると驚くほど素直に頷いた。
面食らいつつ大きなバスタオルで体を拭いて、見た目は大丈夫そうなベッドまで抱っこで連れて行ってあげる。
ベッドに横たえた程よく火照った体は、ほんのりと薄桃色でまさに眼福だ。
そして、目元には何故かずっと外されない僕のブルーのネクタイが湿り気を帯びてまだそこに在る。
……どうして目隠し取らないんだろう。
僕はもう拘束してないし、外そうと思えばすぐに外せるのに。
それどころじゃないって怒り始めるであろう事を覚悟して、緩んでしまう口元を押さえて七海さんに覆い被さる。
「ふふふ……っ」
「な、なにっ? なにっ?」
「七海さん、目隠し気に入りました?」
「……え、っ? えっ?」
「いえ、なんでもありません」
首を傾げて狼狽する七海さんに、ネクタイを外すという概念が無いように見えた。
それならこのまま楽しんじゃおう。感覚遮断に快感を覚えるのなら、天然を炸裂させてる七海さんに寄り添ってとことんお仕置きを遂行させてもらうよ。
少しだけぽてっと腫れた気がする唇を舐め、頬から首筋をじわじわと愛撫していく。
七海さんのぷるんとした性器を握ってみれば、「あっ…」と上擦った嬌声を上げて体をビクつかせた。
小さな乳首の先端を舌先で転がし、乳輪を舐め上げ、悪戯に性器を扱く。
感覚が研ぎ澄まされた七海さんの顎は仰け反り、下腹部を襲う快感の波に踊らされるように腰が浮いていた。
掌の中で性器が緊張したのが分かり、射精を迎える直前で扱く手を止める。
「……あっ……あ、……っ? なん、で? イきたい、のに……っ」
「お仕置きだって言ったでしょう。根元を括らない僕は優しいですよね。あ、こら。自分で触っちゃダメ」
「んんーっ! だ、だって、あとちょっとだったから……!」
「イきたいなら僕とイきましょうよ。早く七海さんの中に入りたい……」
素肌はつるつるサラサラで、華奢過ぎる全身が美味しくて唇が落ち着かない。
どこもかしこも性感帯になった、ひっきりなしに上がる七海さんの控えめな声もいけなくて、潤滑剤も無いのにすぐにでも挿入りたいという欲を鬱血の跡で抑えていく。
キスマークが散った身体を見下ろすと、こんなにも優越感を覚えるだなんて知らなかった。
僕のものだ。
この愛の証は僕が付けたんだよ、全部。
どれだけ他所に魔性を振り撒いても、七海さんの体を愛していいのは僕だけ。
──僕だけ。
「ん、んぁっ……そん、な……こと、……言うなよ……っ」
「ここが一番、美味しそうですね」
「あっちょっ……!? やっ、な、舐め……っ?」
ついさっきまでぐちゅぐちゅに解していた孔が、もう閉じようとしていた。
太ももの裏を持って、窄んだ秘部に舌を這わせる。
……美味しい。ずっと舐めてられる。
舌先を差し込んで意識的にだ液を中に送り込んではみたけれど、滑りがよくなるとは到底思えない。
このままだとバスルームに逆戻りだ。
まぁ、それも魅力的ではあるんだけど。
「唾液じゃ滑りが悪いですよね。あぁ、ローション売ってました。……うわぁ……他にも、色々と。すごいラインナップだ」
「はっ? 何が売ってるって? ラインナップって何の事っ? え、和彦っ、どこ行く……っ」
僕が七海さんの体から離れた事で、心細いのか口数が多くなっている。僕を探して両腕を天井に掲げている姿なんて、思いがけずそういうプレイをしているみたいだ。
気になっていたミニチュアの自動販売機に目をやると、つい目前でじっくりと見てみたいと興味をそそられた。
アダルトグッズが六種売られていたそこにローションとコンドーム、そして大人のオモチャが四種類あったからすぐに財布を手に取る。
古そうな見た目に反し、それはなんとキャッシュレス対応自販機だった。
「大丈夫です。僕はここに居ますよ。楽しいお買い物をしているだけです」
「どういう事なんだよ! 見えないから分かんないんだけど!」
「見ようと思えば見えるのに……ふふっ……」
「どうやってだよ! こんなもん付けられて見えるかっての! あっ? 何っ? てか自販機が部屋にあるの!?」
ヒントを出してあげても気付かない七海さんが、自由な両手首をパタパタと動かして文句言ってる。
僕の愛おしい七海さんは、勇気があって、行動力もあって、時々誰よりも勇ましく男らしいのに、ちょっとだけ……天然だ。
お仕置きと銘打っているのがくだらなく思えてきた。
目隠しで視界を奪う事で快感が倍々になっているのなら、そしてそれを取り去る気配がないのなら、欲望に忠実になるしかない。
大好きな七海さんが、ベッドの上で僕を待っている。
初めて尽くしの僕らには、お互いの目に映るすべてが欲情対象で興奮材料は果てしない。
膝から乗り上げたベッドを軋ませて、七海さんに近寄る。
すると恋しかったと体全体で訴えてくるかのように小悪魔ちゃんが飛び付いてきて、しがみついたあげくにぼそりとこんな事を呟いた。
「見えないの怖いんだから、離れるなよ……寂しいじゃん」
──僕の最初で最後の恋人は、とっても、とっても、とっても、可愛い人だ。
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