優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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盲目の狼 ─和彦─

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 ビジネスホテルをチェックアウトして、七海さんに促されるままタクシーに乗り込んだ僕はずっと複雑な心境だった。

 予約が要らないそのホテルに到着し、立ち尽くす。

 妖しい看板を見上げて、それから外観をまじまじと眺めていると七海さんに腕を引かれて、自動ドアをくぐった。


「………………」
「ど、どこでもいいよな?」
「……おまかせします」


 たくさんの小さな画面と、その上にあるボタン。

 世間知らずの僕でも、一応はこの建物の存在くらい知っている。

 ……七海さんが行きたがっているなら、どこへでも連れて行ってあげる。そう思ってはいたけれど……。


「………………」


 人間の腕しか通らないような小窓から鍵を受け取って、段差の低い階段を上がる。

 部屋はいくつもあったけれど、そのうちの二つしか空室じゃなかったから無難な方を選んだ七海さんが、鍵を差し込んで開けた。

 何やら緊張の面持ちだ。


「………………」


 へぇ……結構広いんだな。

 さっきのビジネスホテルの二倍以上は広さがある室内は、薄いピンク色で統一されていて外観と同じく妖しい。

 備え付けはテレビ、冷蔵庫、ソファ、固定電話、謎の自動販売機、あとはトイレとバスルームしかない簡素な部屋の中央には、どうぞやって下さいと言わんばかりのダブルベッドがあった。


「………………」
「なっ、なんだよ! 俺、誰かと付き合ったら一度は来てみたいって思ってたんだよっ」
「……ラブホテルに、ですか」
「そうだよ! 悪いか!」
「悪くはありませんが……」


 ベッドを凝視していると、七海さんが振り返ってきて吠えた。

 そう、悪くはないけれど……壁が薄いだろうから思う存分七海さんを愛せないという理由でビジネスホテルを出て来たのに、どこかから喘ぎ声が聞こえてくる。気のせいじゃない。

 物珍しさも手伝い、僕は七海さんの手を引いて室内を見て回る事にした。


「カップルはみんなラブホテルでエッチしてるんだろ?」
「……みんなではないと思います。僕は初めて来ました」
「和彦はお坊ちゃまだからデータに入らない。俺達みたいな庶民は、こういうとこで……」


 どんなデータですか。と、思いはしても、口には出さない。

 次第に、七海さんがこの場所を選んだ理由が分かってきたからだ。

 ここは七海さんの地元のラブホテル。

 タクシーに乗ってすぐにこのホテルの名前が出たという事は、ここはきっと、学生時代の七海さんが「いつか恋人が出来たら行ってみたい」と夢膨らませていた場所。

 僕が用意したホテルでは、そんな七海さんのささやかな夢は叶えられない。

 このホテルだから意味があるんだ。

 一度は来てみたかったという言葉に胸が熱くなった僕は、微かに聞こえてくる喘ぎ声を避けるように七海さんの手を強く握って、バスルームのガラスドアを開ける。

 シャワーを浴びる姿が室内から丸見えのこのドアは、磨りガラスじゃない。いかにもラブホテルらしくエッチな造りだ。


「あ、衛生面はさておき、ムードはありますね。お風呂とても広いですよ。 思ったより清掃も行き届いてます。窓に鍵がありますね。露出プレイ防止でしょうか?」
「そんな事言ってる和彦が一番ムードが無いぞ……」
「そうだった。ムード作りは男の役目でしたね」
「……そ、そうかもね……?」


 七海さんが夢見たラブホテル体験をしたいなら、僕も同様に「初めて」を経験させてもらおう。

 繋いでいた手を離して、七海さんをきゅっと抱き締める。

 僕が七海さんの夢を一つ一つ叶えてあげなきゃね。

 何しろ、七海さんと一緒ならどこでもどんな場所でも僕にとってそこは最高の空間になるんだ。

 恋をしてみたいと思い悩んだ、七海さんとここに居るのが僕である幸運を噛み締める。

 ……タイトスカートのジッパーの場所を探りながら。


「制服、とてもよくお似合いですよ。僕の七海さんは何を着ても素敵で、惚れ惚れしてしまいます」
「……嬉しくないっ! てか、ちょっ……いきなり……っ?」
「お仕置きが二回分ありますからね。 朝までに終わるかな?」
「え、……イヤだ、お仕置きはイヤ……」


 スカートを脱がせてストッキングだけになると、恥ずかしいと呟いて蹲ってしまった七海さんが早速僕を煽り始めた。

 ネクタイを解いてしゃがんだ僕に気付いて、蹲った体がさらに丸くなる。


「お仕置きは嫌? じゃあ、何だったらいいんでしょうか? お仕置きじゃなければいいって事ですか?」
「あっ……いや、そういう意味じゃ……!」
「ふふふ……っ。僕以外の男にたーくさん魔性を振り撒いたお仕置き、覚悟してくださいね」
「イヤっ……お仕置きはイヤだって、言って……、おいっ、縛ろうとするな! あっ……」


 ほっぺたをピンク色に染めた七海さんが、僕の右手に握られたネクタイに目をやって慄いた。

 ──ゾクゾクする。

 怒った顔も、焦ってあたふたした顔も、もはや興奮材料にしかならない。


「シャワー浴びたいですか?」
「あ、浴びたい……!」
「そうですか。それではこれを」
「なにっ? なにすんだよ! こ、こんなの持って……!」
「お仕置きです」


 逃げようとする体を抱き留めて、手早く七海さんの目元をネクタイで覆う。

 言うまでもなく声が反響するバスルームで、この場所に僕と居る事と同等な、至極当然の行為だ。



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