優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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優しい狼

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 すべての「証拠」を観終えた和彦が、ようやく『うーん』とわざとらしい苦悩の声を上げた。


『これが僕ですか。荒いですね』
『……荒い?』
『合成にしては下手くそ過ぎますよ。素人の僕でもこれが合成だと分かります』
『なっ……!』


 やっぱり、防犯カメラの録画映像とかそういうものを観てたんだ。

 少しも狼狽えない和彦が直球で加工のダメ出しをすると、自信ありげだった占部の方が怯んでいる。

 下手くそな合成映像……俺も観てみたい。


『占部さん。このデータ処理も、あまりに雑です。どんなドキッとするものを見せて頂けるのか、期待したではありませんか』
『なんだと! おい和彦、お前自分の置かれた立場分かってねぇだろ!』
『そうですね。この場に居てもまだ、……分かりたくないです』


 書類をデスクに置いた物音と、和彦の革靴の足音が聞こえる。

 占部と少し距離を取ったのか、声が近くなった。

 足音も近い。そのままこっちのオフィスに入ってきたら、俺が「ドキッ」だよ。

 ……って、何考えてんだ。俺の頭が完全に恋愛脳に侵されてるぞ。

 こんな状況なのに、声を聴いたら今度は姿が見たいと欲が出るし、たぶん姿を見てしまうと触りたいと思ってしまう。

 こんな風な心情を漫画の主人公は常に抱いてたけど、当時は「ほんとかよ」だった俺の考えは見事に覆った。

 ──だって今、そっくりそのまま同じ気持ち抱いちゃってるから。

 一刻も早く占部達に制裁を加えて、和彦と乾杯したいってそんな楽しい事ばっかり想像してる。

 被害者の居る事件性を帯びた事柄なだけに、簡単に楽観視しちゃいけないって分かってるのに。

 和彦が変わろうとするのが嬉しくて、それが俺の存在ありきだって事にも舞い上がって、どこまでも優しく微笑む笑顔が俺のものなんだって優越感が半端じゃない。

 独りが長かった和彦はさながらマイペースのお手本みたいな男だし、言動がぶっ飛んでておかしくて、かつ恋愛においては異常なくらいヤキモチ焼きで束縛が激しい。

 ……でも、そんな普通じゃないところが好き。

 対峙してる占部との会話に隙が無いところも、凛としていてめちゃくちゃかっこいい。

 出来れば動画で残しておきたいくらいなのに、対して俺は隣のオフィスの壁に張り付いて、他人には絶対見せられない奇妙な格好をしている。


『入学してすぐの僕に、占部さんは気さくに話し掛けてくれましたね。三ヶ月前の合コン以外、外では会う事はありませんでしたが、構内で僕を見掛けたら必ず会話をしてくださいました』
『…………っ』


 息を呑んだ気配がした。

 和彦が占部に、他人行儀に過去を振り返るそれこそが決意の表れ。

 裏切るために近付いてきた、和彦が一番嫌いとする人物に成り下がった占部を和彦は今……どんな瞳で、気持ちで、見詰めてるんだろう。


『いつも大きなリュックを背負って、朝から講義を取り、将来に向けて勉強熱心だなと、見習わなければと、そう思っていました』
『そ、そうだよ。俺も親父みたいに将来は役職ほしいからな』
『男なら誰しもが持つ向上心、素晴らしいです。あ、そうそう。〝敬語は使わなくていい、立場が逆転しても親しい友人でいたいから〟……でしたっけ』
『それは……!』
『ようやく、意味が分かりました。占部さんが僕に七海さんの噂話を持ってきた事も、今考えれば妙だと思い至ったんです』


 ……え……それも何か裏があるっての?

 俺の噂と、占部親子の計画に、何の関係が……?

 和彦は溜め息を一度吐いて、続けた。


『これはあくまで僕の考察ですが。芝浦七海の誤解混じりの噂話を僕に持ち掛けてきた本当の目的は、僕を陥れる一つの材料になり得ると思ったから……ですよね』
『…………』
『芝浦七海はノンケの男を落として食い荒らす魔性の男であると、占部さんは僕に言いました。その噂が本当なのか、それを確かめてくれ、とも。わざわざ風邪薬まで僕に持たせて、既成事実を作ろうとしましたね』
『…………』
『何度も何度も、あれから芝浦七海とはどうなったんだとしきりに僕にその後を聞きたがっていた事も、やっと腑に落ちました。手違いでウォッカ入りのウーロンハイを提供され、七海さんが危険な堕ち方をした事で少し気が咎めたのかな。この件の詮索は早い段階で打ち切ったご様子』


 ……な、な、なっ……何だよそれ……!

 占部の奴、俺の噂まで利用しようとしてたってのか!

 噂の真相を確かめるのは、誰でも良かったわけじゃない。和彦じゃないといけなかったんだ……!

 俺にまんまと落とされて、和彦が男と寝たという既成事実を得る事が占部の目的だった。

 占部は何も言わない。反論もしない。和彦の考察は間違っていなかった、という事。

 ……どこまで本気で悪党なんだよ。

 友彦お父さんや和彦に、何の恨みがあるっていうんだ。

 どうして自らの力で這い上がる道を選ばなかったんだ。

 こんな事してうまくいくと思ってる、まずその考えが浅はか過ぎる。

 父親に加担し、人の感情を踏みにじる行為をしてしまっていると気付いてないのか、占部は。

 そんな奴は、社会に出たところでどのみち腐っていくだけだ。他人を利用し、蹴落とした地位に座って満足出来るなんて男じゃない。

 女々しく卑怯なお前ら親子のちんこなんか、いらねぇよ。いっそ逮捕と同時にもげちまえ。


『……でもお前ら噂になってんぞ。あの時マジで既成事実出来たんじゃねぇの』


 
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