171 / 206
優しい狼
6
しおりを挟む多くを語らずとも、頭が良くて機転の利く九条君は何から何まで俺と和彦の手助けをしてくれた。
今日の事だけじゃない。
好きだって言ってくれた好意を断って、まさかの和彦と付き合い始めた俺を、まだ友達だと思ってくれている事もそうだ。
あろう事か、恋敵だった和彦にまで心を許してる。
大学内では和彦なみに他人と会話をしたがらない九条君だけど、それはただ、面倒だとか女性と話すのが苦手だとか、そういう理由で。
和彦みたいにこじらせていないだけ、九条君はとても柔軟だ。
瞳を光らせて追及の視線を送ってくるのは怖いけど、それ以外は俺や和彦とは比べものにならないくらい「普通」の人。
俺にも、和彦にも、そんな普通の感覚を持ち合わせた九条君の存在はありがたかった。
多くの助言と、今日の助っ人にはほんとに頭が上がらない。
まさか潜入目的で女性用の制服を持ってくるとは思わなかったけど、それも和彦が喜びそうだと思ったからチョイスしたのかもしれないしな。
「…………九条君、……その……」
部屋を出る間際、急く気持ちを抑えて九条君を振り返って見上げる。
ありがとう。
そう言いたかったのに、どこまでも普通で男前な九条君はフッと笑った。
「礼はいい。これからも今まで通り俺と飲みに行ってくれるんなら、俺は今回の件に協力したとすら思わない。たまたまここに居ただけだ」
「……っ! ……ほ、ほんとにありがとう……!」
「奴らの証拠取れたらスマホに送るから。じゃあな」
「……うん! 行ってきます!」
ボイスレコーダー回収のためにここに残る九条君に見送られた俺は、もはや馴染んだパンプスで駆けた。
エレベーターで一階まで降りて、フロントを小走りで駆け抜けて待機していたタクシーに乗り込む。
「お名前を」
「えっ? 芝浦です」
「出発します」
「あ、あの行き先を……」
「伺っております。SAKURA産業本社ビル、ですよね」
「……はい。お願いします」
俺の名前を聞いた途端に走り始めたタクシーは、「なるべく急いで」と申し伝えられていたかのように、何度も車線変更していた。
乗り込んでからスムーズに出発出来るよう、行き先まで伝えててくれたんだ。
すごいな……九条君。今でこれだけ捌けるなら、弁護士さんになったら大活躍しそうだ。
「……九時四十五分、か……」
和彦はもう本社に着いてる頃だ。
後藤さんの車内で二十二時を待っているのか、それとももう中で対決が始まっているのか。
連絡してみようにも、対決途中だといけないからすごく躊躇した。
その躊躇いが以心伝心したのか、どうしようと迷っている間にスマホがメッセージの受信を知らせる。
──和彦だ……!
〝まもなく行きます”
この一文で、和彦の行動を読み解く。
そっか。 車内で証拠書類の最終確認してたんだ。
俺の到着を待つというより、占部との対決に心を落ち着かせる時間が必要だったのかもしれない。
コミュニケーション能力は皆無だけど、和彦は頭がいい。
パソコンに向かって真剣に数字を睨んでいた姿なんて、ちょっと見惚れちゃうくらい様になってた。
和彦の声を聞きたい気持ちを堪えて、メッセージを送ってきた意図を汲み俺も返信する。
「俺も今、タクシーに乗ってるよ」
〝服装は?”
すぐに返事がきた。
服装なんてどうでもいいじゃんと思いつつ、ニヤけてしまう口元を押さえて指を動かす。
「あの制服」
〝素敵です。 到着したら間近で見せてくださいね”
「あんまりジロジロ見るな」
〝僕は七海さんを好きに眺めていい券を持っています”
「そんな券無いだろ!」
〝今から作ります”
何を言ってんだよ、まったく……!
これから戦場に向かうってのに、危機感とか切迫感とかないのかっ?
しかも昔懐かしい肩たたき券みたいに言いやがって。笑っちゃったじゃん。
「余計な事考えてないで、集中してろ」
〝七海さんが言うのなら、そうします。行ってきます”
行ってらっしゃい。……これはメッセージで送らなかった。
スマホを握り締めて、瞳を瞑る。
頑張って。俺もすぐ、行くから。
和彦はもう、一人で大丈夫だと思う。俺が付きっきりでそばに居なくても、和彦は確かに前を向いている。
常にそばに和彦が居たから、こんな他愛もないメッセージのやり取りは初めてかもしれない。
まるでこの場に居て会話をするように、早いテンポでメッセージを投げ合った。
和彦は今すごく複雑な心境の中で、俺に心配かけまいと似合わない強がりを見せたような気がした。
僕なら大丈夫です、七海さんが居るから僕は変われるんです、……そうやって戦地へ向かう自分に念じてたりするのかもしれない。
メッセージじゃ物足りなくて、やっぱり電話しちゃおっかな、なんて思ったの……バレてないかな。
……和彦も、俺の声を聞きたいって思ってたり、……するのかな。
「なんだよ、和彦のやつ……。俺の事大好きじゃん……」
そんな事は一言も言ってなかったけど、和彦もきっと同じ気持ちだったはずだ。
独りごちた俺も、相当なもんなのに。
0
お気に入りに追加
661
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる