優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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優しい狼

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 久々に飲んだせいか、顔が火照ってしょうがないってのに和彦からぎゅっと腰を抱かれて思いっきり照れた。

 優しい口調も、突飛な発言も、いつもと変わらない和彦のそれなんだけどな。

 スーツ着て髪を整えて、ふわりと漂うセクシーで大人な香りを纏わせてる姿は、俺にはどうしてもスパダリにしか見えなくてあんまり目が合わせられない。

 離せよ、と強がる気も失せるくらい、欲しがりな俺はこの腕が最高に心地いい。


「七海さんの事は生涯愛しますからね。お互い白髪だらけになっても一緒に居ましょうね」
「へへ……こんなとこでそんな……っ」
「可愛い七海さん。あとでたっぷりお仕置きですからね」
「うん、どんとこいだ! ……って、え、あっ? えっ!? お仕置きって何の事だよ!」
「僕以外の男に魔性を振り撒いたでしょ? しかも六名も。あのままあそこに居たら六名じゃ済まなかったですよ」
「いやだから、そんなの振り撒いてないんだって! 俺が無意識なのは和彦も分かってんだろ!」
「それがよくないんです。早く自覚してください。そのための、お仕置きです」


 危うい単語にドキッとして、体が強張る。

 腕に込められた力が俺を離さないと主張してきて、今夜が思いやられた。

 また……縛られたらどうしよう。

 俺のせいじゃないのに、と膨れて和彦を見上げるも、鼻先をツンと合わされてさらにドキッが増えただけだった。


「──おい、俺また蚊帳の外」


 背後から不機嫌な声が掛かる。

 九条君ごめん……忘れてた。


「ふふっ……失礼しました」
「ご、ごめん……っ」
「丸く収まって良かったけど、収まったら収まったで鬱陶しいな、お前ら。俺のこと恋敵だと思ってんならもうちょい遠慮してくんねぇ?」
「そうは言いましても、九条さんは七海さんのご友人です。ぜひ僕とも友人になってほしいです」
「えっ……?」


 苦笑する九条君の前で俺を解放した和彦が、スマホをポケットにしまいながら何気なく言い放つ。

 敵対心剥き出しだった九条君に、あの和彦がそんな事を言うなんて思わなかった。

 友人だと信じていた占部から裏切られてしまった事で、もう友達などいらない、と考えても何ら不思議じゃなかった。

 信じてた友達にこんな形で裏切られたら、俺でさえそう思うかもしれないからだ。


「七海さんが信じている方ですし、僕もいくつか会話をして、あなたとなら親しくなりたいと思ったんです。人並みではないおかしな僕に、「おかしい」「変」だとストレートに言ってくださるところにも好感を持ちました」
「……和彦……」


 ほんの三ヶ月くらい前の和彦とは別人みたいだ。

 自らの性格や人となりを自覚した和彦は、冷静に周囲との距離を見定める努力をしようとしてる。

 そういえば……朝まで愛された翌日だったっけ。

 俺が必修を受けてる間、和彦と九条君が二人で語らって時間を潰してたと聞いて、めちゃくちゃ驚いたんだから。

 和彦の成長が著しい。

 心無い言葉の刃に傷付いて、今まで押し殺していた本来の姿が少しずつ、着実に、引き出せてきている。


「……ま、いいけど」


 困惑気味だった九条君が、和彦の視線に気付いて僅かにはにかんだ。

 それに和彦も微笑で応える。

 え……なんかすごくいい雰囲気じゃん。  和彦と九条君の間に友情が芽生えた瞬間を目の当たりにした俺も、何だか照れくさい。


「か、和彦、いま何時?」
「……二十一時十分です」


 出来る男!って感じの二人の間に挟まれた俺一人だけが妙に照れ臭さを感じてしまい、和彦を見上げて問う。

 左手の腕時計を確認する様さえキラキラして見えたけど、時間を聞くとそう和やかにもしてられない。


「もう少しで連絡くるな」
「はい」
「何だ? この後なんかあんの?」


 神妙に頷いた和彦を見て首を傾げた九条君に、さっきの映像の一部始終を簡潔に話した。

 ……だってまた俺を見てくるんだもん。

 九条君の、すでに弁護士さんみたいな鋭い視線は「全部話せ」と語りかけてくるから、ジッと見詰められたらとても逃げられない。

 和彦が暴走した時も、こんな目するんだよね……。


「……マジかよ。占部が?」
「そうなんだよっ。ビックリだろ」
「お坊っちゃまに罪を着せようとしてるって事か?」
「そのようですね」


 スーツを着てこのパーティーに参加できるほどの「お坊ちゃま」らしい九条君には、これまでの経緯すべてを知られてるから呑み込みが早かった。

 腕を組んで何やら考え込む九条君と、三○五の部屋の扉を睨む和彦は、まるでタッグを組んだ刑事みたいだ。


「そうなると、やっぱ中で何が行われてんのか知りてぇな」
「そうなんですが、術がありません。僕はまもなく占部さんから連絡が入るでしょうし」


 うんうん。どちらかというと、今の和彦の照準は本社でその時を呑気に待ってるであろう占部に向いている。

 占部のお父さんが椛島常務とどんなやり取りをしてるのかもすごく気になるとこだけど、知りようがないからこれ以上の事は出来ない。

 腕を組んで険しい表情をした九条君が、ふと俺を見る。


「……七海、顔われてるか?」
「割れてないよ、くっついてる」
「ぷふっ……っ」
「違ぇよ、部長に七海の面は知られてるかって意味だ」
「あ、あぁ……そのわれてるか。知られてると思うよ、二回くらい顔合わせた事あるし」
「二回? 二回か……。よし、ちょっと待ってろ」


 割れてるか、って意味分かんなくてビックリしたじゃん。和彦めちゃくちゃ笑ってるし……。

 待ってろと言った九条君は、俺達を残して足早にどこかへ立ち去った。


「七海さんってほんと……時々物凄いレベルの天然を発揮しますよね。ふふふふ……っ」
「~~っ、笑い過ぎ!」


 和彦の笑顔は俺を幸せにする。

 ──けど今は、どうも馬鹿にされてる気がしてならない。



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