優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
166 / 206
優しい狼

しおりを挟む




 俺と出会ってから、俺がいるから、俺は絶対に和彦を裏切らないと信頼してくれているから、目に見えて和彦は変われている。

 あんな衝撃的な事実を聞いてもウジウジして情けなく眉を下げて、「どうしよう、七海さん」なんて言いやがったら、絶対にほっぺた引っぱたいてた。

 この期に及んで何を寝呆けた事言ってんだ!って。

 でも、そんな心配いらなかった。

 占部とは知り合って間もない俺でさえ、聞こえてきた台詞に驚愕したんだ。

 それと同時に、すべての辻褄が合った。

 学生時代から他人とは距離を置いていた和彦に声を掛けた事、無二の友人だと信じ込ませた事、そして和彦に語ったという言葉の裏に潜んだ悪しき感情。

 二人が友達になったその時、すでに今日の日のためにチマチマとした不正が行われてたんだよ。

 ──信じられない。自分達の尽きぬ欲のために手を汚した、ほんとに汚い奴らだ。

 罪深いのは、占部の父親。

 絶対にうまくいくから、とか何とか言って、どんな経緯だか知らないけど息子までもを手中に収めて高笑いして。

 不正に加担させられていた社員さんもそうだ。

 録音した音声を聞く限りじゃ、全然乗り気なんかじゃなかった。……脅されてたとしか思えない。

 その不正を和彦になすりつけて、友彦お父さん諸とも会社から追い出そうと企てるなんて……何が、「そろそろ芽吹いてもいい頃だろう」だよ。

 バレてないと思って種を撒き続けてくれたおかげで、友彦お父さんからもデータ収集され、あげく陥れようとした和彦本人にそれをまとめ上げられてるとも知らないで。

 あのハイテクカメラが、まさか音声まで拾ってるなんて気付かなかったんだろうな。

 和彦が前向きになれたと安心してた矢先の真実に、俺も胸糞悪くて仕方ない。

 何とか勢い付けてあげようと、出会った日におかわりまでして頼んでた和彦の好きなカシスソーダを求めてウロウロする度に、「ねぇ」と知らない男に声を掛けられて辟易してたけど……。

 ただでさえ腑抜けから抜け出せた和彦に喜ばしい気持ちを抱いてたのに、相変わらずノンケを引き寄せてしまう質の俺に分かりやすい嫉妬の感情を向けられて、……実は嬉しかった。

 なんか心がフワフワする。

 見た目スパダリの和彦は、会場内の女性達から羨望の眼差しを向けられていた。

 それに気付いてんのか気付いてないのか、そんなものより俺だけを見てくれてると分かって、浮かれないはずないよ。

 今日すべてを終わらせるつもりなら、その後くらいはカシスソーダで乾杯したい。

 和彦が自身の弱さと己の立場を受け入れて、解決に向けて動こうとした新たな気持ちは、乾杯に値すると思う。


「……きましたね」


 三階エレベーターから少し南側へと歩き、各部屋毎に仕切られた柱は身を隠すのにもってこいだった。

 くぼんだ死角となるその位置で、九条君も交えて三○五を凝視していた俺達は、エレベーターから男性が降りてきたのを見つけた。

 声を上げた和彦が、男の顔をよく見るためか目を細める。……かっこいい。


「あれは誰なんだ?」
「……征橋(ゆくはし)産業の常務、椛島ですね」


 九条さんの問いに、和彦は溜め息混じりに答えた。

 完全に読み通りだった展開に呆れてるのかもしれない。

 椛島、という名前を聞いた俺も、迷わずどこかへ歩を進める男の顔を見てみる。  それは、この日のためにデータ収集をする和彦の隣で俺も必死で覚えた顔に間違いなかった。


「あ、……椛島幸夫」
「七海さん、ご存知だったんですか?」
「うん。三社合同パーティーだって言ってたから、三社の役員の顔と名前だけは覚えて来た」
「なんと……! 七海さん、素敵です」
「へぇ。七海、マジで秘書課で通用しそうだな。名刺くれよ」
「いいよ、えっと……」
「ちょ、ちょっと、名刺交換は後にしてください。あ……やはり占部昭一の居る部屋に向かってますね」


 ──嬉しい。さっきまでヤキモチ焼いてて不機嫌そうな顔ばっか見せてた和彦が、温かく微笑んで俺の頭を撫でてくれた。

 同じような年代のおじさん達はみんな同じ顔に見えて覚えるのが大変だったけど、頑張って良かった。……和彦に褒められた。


「七海さん、撮れますか?」
「うん!」


 俺と和彦は、同時にスマホのカメラを椛島常務へ向けた。

 どこに、誰が入って行くのか、それを収めないと意味がないそれを、二台のカメラがキャッチしてれば万が一にも備えられる。

 キョロキョロと辺りを伺ってから中へ入って行く明らかにおかしな様子の椛島常務を、俺は動画で、和彦は写真にてスマホに収めた。


「……よし、部屋番号も椛島常務が部屋に入るとこもバッチリ撮れたぜっ」
「中で何してんのか分かればマジで一発御用なのにな」
「部屋番号を知ったのがついさっきなので、何も準備出来ませんでした。下でパーティー真っ最中なのに、他社の役職付きが密会している時点で良い事は行われていないでしょう」
「おっさん同士で密会って言うのか?」
「僕と七海さんもいずれは「おっさん同士の密会」になりますよ」
「ぶはっ……! やめてよ、俺まだおっさんになりたくない……って、コラッ」


 確かに、占部のお父さんと椛島常務のアレを密会って言うのは気持ち悪いよな。

 なんて笑ってたそばから和彦に腰を抱かれて、髪に口付けられる。

 ……ドキドキするじゃん、急にそんな事されたら。



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

処理中です...