優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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清算 ─和彦─

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 成り行きで九条さんを交えた昼食後、七海さんは必修科目を受けに行ってしまい、僕は講堂前のベンチに腰掛けて七海さんの帰りを待つ事にした。

 手入れされた木々達がうまく陽射しを避けてくれて、体感は暑いけれど外の空気はとても気持ちがいい。

 隣には何故か、講義が無いと言う九条さんが居て幾度も欠伸をしている。

 ……七海さんが居ないのに、ずっと僕と居て楽しいのかな。

 女子生徒達の噂によって、今まで本当に悪名高かったらしい僕は午前中だけでもかなりの同級生らと会話をした。

 僕らがベンチに腰掛けている姿を見付けては走り寄ってきて、ひとしきり中身のない会話をして去ってゆく。

 九条さんが隣に居ても構わず話し掛けてくる今時の女性達は、声もテンションも高くて……まだ全然付いていけないけれど。


「……七海が言ってた話あんじゃん。証拠掴んだとか何とか」
「あぁ、はい。実はそれとは別に父が四年前から集めていた、改ざん前後のデータも在ります」
「そんな前から横領してんの分かってて、何で黙ってたんだよ。それだけで充分証拠になるだろ」
「そうなんですが、……」


 辺りが静かになったのを見計らって、九条さんが切り出したそれについてを掻い摘んで説明した。

 まったくの部外者である九条さんに社の闇を語るなんて、まるで不条理だ。

 けれど躊躇いは無かった。

 僕の両親についてまでも七海さんが「ゲロった」事により、スムーズに理解した九条さんは苦笑した。


「へぇ……。変な親だな」
「……ストレートですね。思えば九条さんは初対面の時からすでにドストレートでしたが」
「ふっ……あの時な。何か許せなかったんだよ。俺が七海の事好きだったのもあるけど、お前の評判は大学内だけじゃなくてそれ界隈でも良い噂聞かなかったから」
「……それ界隈?」
「もう俺の素性調べ上げてんだろうから知ってんだろ。俺も親父のツテで、お坊ちゃまの親父主催のパーティーには何回も参加してる」
「そ、そうだったんですか!」


 僕が九条さんについてを調べ上げている事も分かっていて、それでいて僕とこうして会話をしてくれてるんだ。

 しかも、腑抜けていた僕が参加していたパーティーの列席者の中に、かつて九条さんも居たなんて驚いた。

 九条さんのお父様は、街の弁護士から市議会議員、県議会議員へと順調に出世している叩き上げの人物だ。

 そんなお父様の元、九条さんも弁護士を目指すというのはごく自然の流れのように思える。

 僕の事を「お坊ちゃま」と呼ぶ九条さんも、充分お坊ちゃまだ。


「年上のお姉様捕まえて、パーティーもそこそこに抜け出すって有名だったんだぞ」
「噂フリークの九条さんが言うのなら、そうなんでしょうね……。言いたくありませんが、事実ですし」
「俺を噂フリークにするんじゃねぇ。ダセェよ」
「ふふ……っ」


 あまり女子生徒達と会話をしたがらない九条さんが、何故こんなにも噂を耳にしているのかと思えば、きっと本来の性格が関係してるんだ。

 作り上げた壁は僕ほどではないにしても、会話をしない九条さんの周囲にはその容姿や雰囲気から意識せずとも人が集まる。

 ありとあらゆる情報が入ってくる環境に居るのは確かで、だからといって吹聴しないところに好感を持った。

 九条さんは足を組み換え、スマホを操作してカレンダー機能を呼び出す。


「週末のでけぇパーティーがチャンスなんだって?」
「はい。Tホテルのパーティースペースで、かつ立食、八十名近くが参加します。それに紛れて恐らく取引先との接触があるだろうという事です」
「そこで証拠を揃えてしまえばいいってわけだな」
「そうなります、……」
「何だ? 何か不安要素でもあんの? あっ、七海も連れてくらしいから心配なんだな?」
「心配……ですか?」


 七海さんを連れて行くから、心配……?

 僕は、過去に関係のあった女性達が多数参加するであろう場で、良からぬ事が起きやしないか……それを心配していた。

 年上の女性達は、一夜限りの関係というものを正しく理解してくれていると信じたい。

 僕の過去の女性関係に七海さんが激しくヤキモチを焼いていた事を思えば、それはそれで可愛いかったんだけれど、妙な波風は立てたくないというのが大いにある。

 布団に包まって「嫌だ!」と叫んでいた七海さんは本当に本当に可愛かった。でもそれだけじゃ済まないかもしれない。

 ヤキモチを焼くだけじゃなく、その事実がもしも七海さんを傷付けてしまったらと思うと、心配でたまらない。

 ……僕の過去なんか、すべて消してしまえたらいいのに。


「合同パーティーなら、正装して、その場で出された酒飲むだろ? 七海って酒自体はそんな弱く無えけど、すぐほっぺたと耳が赤くなるし、酔うと流し目になんだよ。……俺だったらとりあえずトイレ連れ込みたくなる」
「──えっ!?」


 ちょっと考えれば分かりそうなものを。

 うっかりしていた。

 七海さんは素面の時でさえ注目を集めているのに、お酒を飲んでほっぺたを染めて、あの綺麗な瞳でチラと視線を寄越された日には……七海さんの魔性が大暴れしてしまうじゃない。

 僕は、噂にまでなっているという自分の過去が七海さんを傷付けやしないか、その心配で頭がいっぱいだった。

 九条さんは続ける。


「話聞いてるとさぁ、男女の合コン行って何で毎回男を持ち帰れるんだって俺も不思議でしょうがなかったんだけど。七海ってノンケ引き寄せフェロモンでも出てんのかもな」
「そ、そんな危ないフェロモン……っ! 確かに魔性の男だとは思いますけど……!」
「七海がガチ酔いしたとこ、見た事無え?」
「あ……そういえば、……ないかも」



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