優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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 ──眠い……。

 こんな疲労感と睡魔はこれまでの人生で初めてだ。正午を超えても治まんないってヤバイ。

 ロクに寝てないのに、朝からハツラツとして大学に行った和彦には分かるまい。

 頭を撫でられてうっとりはしても、ここまでやる事はないだろ……とベッドから起き上がれもしなかった受け身側の気持ちなんか。

 「顔を見せて」「イヤだ」の攻防の際中、今日は午後に一限だけなんだと口を滑らせたが最後、またもや朝まで愛された俺は恋に浮かれてデレデレする余裕も無かった。

 そして俺はつくづく、誘導尋問されるのが苦手だと痛感した。


「うわ、七海すげぇ疲れてんな。あのお坊ちゃま、そんな激しいのか?」
「あ……九条君……。……おはよ……」
「もう「こんにちは」だけどな」


 構内のカフェの定位置で、和彦の講義が終わるのを待っていると九条君に頭をぐしゃぐしゃと撫でられて顔を上げる。

 九条君は持っていたトレイにコーヒーを三つ乗せていて、俺の目の前に腰掛けるとそのうちの一つを俺にくれた。

 ちょっとでも気を緩めると寝てしまいそうだったから……助かった。


「……こんにちはー」
「なんだよ、そんな状態で来るくらいなら家で寝てたら良かったじゃん。必修?」
「そ、そうなんだよ。今日来たらオッケーなら来た方が後々いいかなって」
「……何言ってんだ? 文系とは思えねぇぞ。七海キャラ変わってる」
「……眠いから頭回ってないんだ。見逃してー」


 ふにゃっとテーブルに突っ伏した俺を見て、九条君は苦笑していた。

 このカフェの椅子は固い。まだお尻に和彦のが入ってるような気がする。

 たっぷり愛されて、しっかり中も洗ってもらって綺麗になった体は、不思議なもんで今は愛される前と変わらない状態に戻った。

 ただ和彦のしつこさに付いていけてないだけだ。体力的に。

 後藤さんに二往復してもらうのは申し訳なかったけど、朝いつも通り登校した和彦を見送る時も俺は起き上がれなくて、午前中はベッドの住人だった。

 今日はさすがに、夕方まで寝てたいと思ってたよ。それに、必修があるからっていうのは本当だ。

 でも……無理を押して来た理由はそれだけじゃない。


「なぁ、なんかお坊ちゃまの周りに女が群がってたけど。あれどういう現象?」
「……やっぱり?」
「やっぱりって?」


 あぁぁっ……どうせそんな事だろうと思ったよ……!

 分かってたけど。分かってたけど……!

 女同士の噂が回るのはこんなにも早いのか。

 ──俺はこれが心配だった。

 覚悟はしてたし、和彦にとっては良い事なんだろうけど……なんか物凄く嫌だ。

 もう少し踏み出せばそれほど他人は怖くないと分かるよ、そう言って背中を押してしまった手前、今さら「ヤキモチ焼き過ぎて身が持たないからやっぱやめて」とも言えない。

 和彦の将来を考ると、俺とだけ話してればいいじゃんって駄々っ子みたいな恥ずかしい事も言えないし。 

 ──つい昨日、支離滅裂さを爆発させてそんな事を思っちゃったけど……実際には言ってないからセーフだよな?


「なんでやっぱりなんだよ。何かあったのか? あのお坊ちゃまは挨拶すら返してくれねぇ冷たい野郎だっつー噂で有名だったのに」
「……九条君って意外と色んな噂を知ってるよな……」
「俺も一応キャーキャー言われてるからな。女と話はしねぇけど、そばで噂話されてっと嫌でも耳に入るじゃん」
「そっか……」
「で、何があったんだ? お坊ちゃまは取り囲まれるの嫌だったんじゃねぇの?」
「えっ? あ、いや……それは……」
「あの様子からして、「頑張って」話してるって感じだったんだよな。心境の変化か? もしくは七海にヤキモチ焼かせたいのか……」


 足をジタバタさせて唸っていると、九条君お得意の誘導尋問が始まった。

 腕の隙間から九条君を覗き見ると、ジッと俺を見ている。……この目は苦手だ。

 「洗いざらい話せ」って、視線が喋りかけてくるんだもん……。


「あーっと……えーっと……」
「うん?」


 どこからどう話せばいいか分からなくて、回らない頭で言葉を選びながら視線を彷徨わせると、いつの間にか九条君の誘導尋問の網に引っ掛かっていた。

 和彦には事情があって他人を避けてたけど、女子生徒達が和彦を悪く言ってるのを偶然聞いちゃって俺がキレた事。

 遠慮なく話し掛けてほしいと和彦の口から語られ、今まで失礼な態度を取ってごめんと謝罪した事。

 それに加え、会社にて証拠をゲットし、九条君の勘は見事あたっていたよと報告。そしてその後、和彦のおかしな両親と会って疲弊した事まで──。


「──七海、そんな洗いざらい話していいのかよ。てかおかしな両親ってどんな?」
「え、あ、っ! あぁっ? うぅぅ……っ!」


 なんで俺は隠し事が出来ないんだ!

 自分がゲイだって事はずっと隠し通せたのに、てか今までこんなにベラベラ話すタイプじゃなかったのに、いつから俺はこんな……!

 と、頭を抱えてふと止まる。

 和彦のせいだ。和彦が俺の何かを変えやがったんだ。


「なぁ、おかしな両親って例えば?」
「えぇ……っ? まだ聞く? もう言わないよ、……って、そ、その目で見るな!」
「うん?」
「~~っ! ……俺達の前でイチャイチャしてて、何か……いい人達なのは分かるんだけど掴みどころのないご両親、だった」
「へぇ……」


 もう言わない! と覚悟した俺は、ぷいっと他所を見た。

 それなのに九条君はわざわざ立ち上がって視線を合わせてきて、また目で「話せよ」って追及する。

 眠たくて頭が回ってなかったはずなのに、今のですっかり目が覚めた。

 憮然とした面持ちでゆっくり着席した九条君が、長い足を組みながらコーヒーを啜る。


「……七海達も似たようなもんじゃん」
「…………何が……?」
「俺の前で平気でイチャイチャして、七海はともかくあのお坊ちゃまは掴みどころ無さ過ぎ。血は争えないって事だな」
「────!」


 ……まさしく、その通り。

 洗いざらい吐かされた上、自分達もおかしいんだって事を第三者にバレてたと知った俺の胸中は、まるでサスペンスドラマの断崖絶壁の上。

 唖然とした俺は、しばらく頭の中がすっからかんになり……和彦が戻って来るまで呻きながら地団駄を踏んだ。




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