優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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 脆弱な和彦の、どこまでも優しい笑顔が好きだ。

 愛されたい俺が欲しいだけ、いやひょっとしたらそれ以上の恋情を、和彦は与えてくれてるかもしれない。

 薄暗い寝室で目を凝らさなくても、そうと分かるくらい和彦の視線が優しくて優しくて。

 胸いっぱいの温かな気持ちが心地良くてたまんなくて。

 愛おしいそれを大事に両手で握って、頬張って、舐めて、おずおずと扱いて、未知ながら和彦の吐息を濡れさせる。

 俺の髪を撫でる手のひらに力がこもる度、感じてくれてる事が嬉しくてドキドキして……もっと感じさせてみたくて、ぎこちない舌に熱が入った。


「……っ、七海さん、もう……っ」


 夢中で裏筋を舐めていると、切なげな声を上げた和彦に肩を押された。

 なんだよ、和彦まだイってないのに。  感じてくれてはいるけど、全然イきそうじゃないのに。


「なに」
「ダメです。これ以上は……出てしまいます……」
「出してほしくて頑張ってるんだけど。時間かかってもいいよね? 俺へたくそなんだから」
「そ、それは魅力的なお誘いなんですが……出来れば僕、七海さんの中に入りたい、……です……」
「…………」


 ──言いながら照れるなよ。

 経験豊富なんだろ。考えたくないけど、こんなシチュエーションは何度も経験済みなんじゃないの。

 見上げた先で俺から視線を外した和彦が、まるで「童貞か!」と突っ込みたくなるほど恥ずかしそうにしていた。


「七海さん、ほんとにいいんですか? ……あんなにいっぱい好きって言ってくれるとは思わなかったから……僕今日止まらないですよ……? 我慢なんてしないですよ……?」
「い、言わなくていいからっ」


 ……今さら俺も顔が熱くなってきた。

 和彦の足の間で膝を付いてぺろぺろしてた俺を、軽々と抱き上げて押し倒す優しい狼は、獰猛なように見えてまったくそうではない。

 欲情した瞳とは裏腹に、優しくあろうという自制をまざまざと感じる手付きが健気で可愛くて、俺の服を脱がそうとする間もそれをよく耐えていた。

 自分の服を自分で脱ぐ方が何だか照れくさくて、俺は俗に言うマグロ状態でされるがままになる。

 顔だけじゃなく、体も熱い。炎天下で日陰を求めて彷徨い歩く時の体感に似てる。

 まだ和彦とすれ違っていた時、まさにそんな状況があった。外壁に手を付いてしゃがんだあの日、ずっしりと重たい何かをどうにかしてほしいと、誰にともなく願っていた。

 ぜんぶ和彦のせいだと。和彦と出会ってしまったが故に、俺はこんな苦痛を強いられてるんだと。

 今考えると笑っちゃうくらい乙女だ。

 人並みじゃないと言い張る和彦も、よく俺みたいな夢見る乙女野郎に恋したもんだよ。

 やっぱ俺達は、和彦の両親の事は言えないな。おかしい者同士が惹かれ合った結果がこれだ。


「……どうしたんですか? 可愛く笑ってる」
「え……っ? 俺笑ってた?」
「ふふ、……可愛いです」


 ふわりと笑うメルヘン王子と、それを見てまた照れる紛れも無く王子とは同性の俺。

 ベッドサイドの小さな丸テーブルに腕を伸ばした和彦は、俺の上から動く事のないまま小洒落た引き出しからローションとコンドームを取り出した。

 そんなもん、いつから常備してあったんだよ。

 いつも気が付いたら和彦の手元にそれらはあって不思議だったけど……今判明した。


「七海さん、僕の事……好きですか?」


 気持ち温かなローションを下腹部に塗りたくられる。

 下唇を食まれて、返答の恥ずかしさは倍増した。


「うん、……好き」
「……~~っ七海さん……!」


 躊躇はしても、もう自分を偽りたくなくて素直に頷くと、興奮した和彦が孔を弄くり始めた。

 絶え間なく優しいキスを施してくれながら、昂る自身を必死で宥めつつ時間をかけて前戯してくれた。

 男の俺に向かって何度も「可愛い」と囁く和彦が、愛おしい。

 心に溜まり続ける愛おしさが、広い背中を抱く腕から和彦に伝わるといいな。


「七海さん……可愛い。小悪魔ちゃん封印していても可愛いですね」
「ん、っ……小悪魔、……言うな……っ」
「僕の小悪魔ちゃんです。……はぁ……今となっては、あの合コンには感謝しかありません」


 和彦は、出会った日の事を思い出しているらしい。

 ぐちゅっと内を掻き回して恍惚とする、和彦の端正な憂い顔を見ていると俺もその時の事を思い出してしまう。

 ──ほんとはあんな、男女がハメを外してバカ騒ぎする合コンなんて好きじゃなかった。

 俺が居たら男の方の頭数が減るからっていう山本の打算と、もしかしたら運命の人に出会えるかもしれない、なんて心の底で夢を見ていた俺。

 あの日あの居酒屋の個室で、グラスを傾けたあの激強なウーロンハイを飲んで、あの時すでに酒が回り始めてた俺に声を掛けてきた、この佐倉和彦。


『全然飲んでないですね。お酒飲めないんですか?』


 ……今思い出すと笑えるくらい、あの時の和彦は「普通」を装っていた。

 ほんとにただのスパダリだった。

 その見た目にほだされて、俺は怒りながらも結局はあれやこれやを許した。

 ──最悪な出会いだった。

 和彦とは、もっとちゃんと出会いたかった。

 普通に。


「七海さん、一度目を閉じてください」
「…………?」


 ──チリン。

 目を閉じると、内から指を引き抜いた和彦から何かを首に巻かれて、そこから鈴の音がした。


「和彦、……何した?」
「首輪です」
「いや……ニコッじゃなくて。俺イヤだって言ったよな? 絶対しないって」
「そうですね。もっと柔らかな素材だと良かったんですけど、どんなものか試したくてとりあえず既製品を買ってみたんです。でも色が僕好みじゃありません」
「……答えになってない」
「いつか七海さんが僕に告白してくれたら、これを付けて愛でようと決めていたんです。七海さんは恥ずかしがり屋さんですし、そうそう告白はしてくれないだろうなって思ってたのに……まさか今日してくれるなんて……」


 だから答えになってないってば。

 鈴の付いた首輪を嵌めた俺を見下ろす和彦は、大層ご満悦で……相変わらずおかしな男だ。

 あ、そうだった。

 俺達の間に「普通」を求めちゃいけないんだった。

 それは抜かりなく、出会ったあの日にも言える事。



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