優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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 俺には理解し難い思想を持った二人は、仲良く寄り添い合って別宅であるマンションへと帰って行った。

 和彦の両親にこんな事を思うのはどうなんだって分かってるけど、何とも奇妙だった。

 二人の後ろ姿を見送って重厚な玄関の戸が閉まると、俺と和彦は同時に顔を見合わせて溜め息を吐く始末で。

 なんか疲れた。

 重たい話をしてたからじゃなく、あのテンションと突飛な発言の数々にめちゃくちゃ疲れた。

 御両親は、普通じゃないと思ってた和彦の比ではない。食わせ者のにおい、意味深な視線、どこまでが冗談でどこからが本気なのか分からない、妙な不気味さ。

 ストレートなヘタレである和彦が可愛く思えてくるほどだ。


「七海さん、先にお風呂どうぞ……って、やっぱり気を使わせてしまいましたよね……」


 螺旋階段でゆっくりと三階に上がり、躊躇いなく和彦の寝室に入った俺はベッドサイドの一人掛けソファにドカッと腰掛けた。

 脱力した俺の元へ、サイドの髪を耳にかけながら申し訳なさそうに近寄ってくる。

 相変わらず和彦の背後にキラキラが見える俺は、何の気無しに「なぁ」と呟いていた。


「はい?」


 背の高い色男が、俺を見詰めて小首を傾げる。

 月の光が横目に見えて、感慨深かった。

 ソファの肘掛けに腕を乗せて傍までやって来た和彦を見上げていると、さらにしみじみと思いを馳せる。

 この三ヶ月くらいの間に、俺の人生は大きく変わった。

 和彦ほどではないけど、俺にだって塞ぎ込んでしまう時期もあった。

 どうしたら「恋」が出来るんだろう。

 漫画みたいな劇的な出会いって、現実世界にはやっぱどこにも転がってないじゃん。  夢見過ぎだったんだよな、俺……なんて。

 その夢を追い過ぎたせいで変な奴に目付けられて、ストーカーされるわ噂を広められるわ、それが元で誤解されるわ、ほんとに散々だった。

 ──和彦と出会った事以外は。


「七海さん?」
「…………」


 黙って和彦を見詰め続ける俺を変に思ったのか、「大丈夫ですか?」と足元に跪いて俺の膝に手のひらを乗せてきた。

 のほほんとしたメルヘン王子かと思えば、見た目だけはほんとに満点な和彦はこうしているとまるで騎士みたいだ。

 不可思議極まりないんだけど、何故だか和彦の両親と対面した事で現実味を帯びてきた。

 こんなにキラキラした恋人が目の前に居ることが。


「……和彦、……好きだよ」
「…………え……?」


 あまりに唐突だった。

 不意に口をついて出た、俺がずっと言い渋ってた思いがけない告白に和彦の目が見開かれる。

 ……スッと言えちゃったよ。

 疲労で脱力しきってるはずの俺の心の中が、正体不明のよく分からないあったかいものでいっぱいになっていた。

 出会いは最悪だったとしても、和彦は不器用に、時として暴走しながらも俺に「恋」を気付かせてくれた。

 漫画みたいな恋したいんでしょ、なんて勘付かれてて赤っ恥もいいとこだけど、その通りで何も言えなかったもんな。

 あらぬ誤解を招くくらい、夢見がちの俺も充分おかしかった。


「な、七海さん……? 急にどうしたんですか……?」
「好きだよ、和彦。……好き。……好き」
「…………っ」


 言えなかった分を取り戻すが如く、和彦に想いを伝えていく。

 全然そんな雰囲気じゃなかった……むしろ今日は疲れたからとりあえず早く風呂入って寝たいよね、……和彦でさえそう思ってたに違いない。


「七海さん……」


 膝に乗っていた手のひらが、ゆっくりと優しく俺のほっぺたを撫でる。

 感極まって瞳を潤ませている和彦が愛おしくてたまらない。

 ……待ってたのかな。俺の言葉を。

 自覚してもなかなか言わない俺に痺れを切らすどころか、「七海さんは恥ずかしがり屋さんですから」と目尻を下げる和彦の、どこが優しくないんだよ。

 言葉は意味を成す。 

 薄っぺらく浅識だった俺の意識を変えてくれたのは、紛れも無く目の前に居る佐倉和彦だ。

 これまでどんな言葉の刃を受けてきたのか知らないし、今さら知ろうとなんて思わないけど、和彦は人よりちょっと繊細で打たれ弱いだけなんだよ。

 愛おしいじゃん。

 愛おしさしかないじゃん。


「……僕も好きです。大好きです。……好きになってごめんなさい……」


 跪いたまま、縋るように俺の背中に腕を回す和彦の、優し過ぎる愛情が痛いほど胸を締め付けた。

 両親も、和彦を傷付けてきた奴らも、これから出会う幾多の他人も、もう誰も和彦を傷付けてほしくない。

 俺に囚われた和彦は、俺だけ見てればいい。俺の言葉だけで一喜一憂してればいい。

 俺もそうするから。和彦に魂をあげるから。謎の契約ってやつ、二度とバカにしないで結んであげるから。


「なんで謝るんだよ。もっと言って。好きって、いっぱい言って」
「七海さん……っ、好きです。好きです。……大好きです。好きなんです、七海さん……」
「足りない……んっ!」


 俺は生意気にも、挑発した。

 視線に熱を込めると、意図を汲んで立ち上がった和彦が俺の頬を取り、荒々しく唇を奪う。


「んっ……和、彦……っ、……っ」
「好きです、七海さん。好き。好き」
「俺も、……っ、……好き、好き……っ」


 そんなんじゃ足りない。

 全然足りない。

 俺も言い足りないから、キスの合間にたくさん言わせて。

 漫画の主人公みたいにかわいくなんか出来ないけど、今沸き立ったこの想いが和彦に伝わるのなら俺は……この瞬間にでも魂をあげてもいい。




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