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清算
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しおりを挟む和彦が口火を切った事で、目の前の両親もやや大人しくなった。
「あぁ、話を聞こう」と真顔になった和彦のお父さんは、和彦にちょっと似ている。
……いや違うな、和彦がお父さん似なのか。
「社に蔓延るハラスメントをご存知ですか」
「ハラスメント? どのような?」
深刻な面持ちで問うた和彦に対し、友彦お父さんはさっきよりも「普通」に食事を進めた。
早速違和感を感じ始めた俺は聞き耳を立てつつ、冷めると今より美味しくなくなるステーキにナイフを入れる。
「僕が知り得る限り、セクハラ、パワハラ、モラハラです。モラハラはパワハラとよく似ていますが、同僚間に多いモラルハラスメントというものですね。……僕は働き始めてから、いくつも見過ごしてはいけないハラスメントを目にしていました。それなのに若輩者が口を出しても無駄だと見過ごした。本当に申し訳ありません」
「…………それで?」
「早急に解決したいと考えています。心の中ではずっと、僕が役職についたら社の悪を一掃してみせると大それた事を思っていましたが、見過ごした僕も同罪です。それに気付いたからには早急に何とかしたい」
「ふむ。早急にというと、すでに動き始めていると思っていいのかな? うん?」
「えぇ、そうです。ハラスメントの他にも、見過ごせない事実が出てきたものですから」
「……というと?」
お肉も、付け合せのにんじんのグラッセを食べ終えても、やっぱり味が分からなかった。
ずっと友彦お父さんが俺に緊張以上の違和感を与えてくるからだ。
社内における闇に関しての重大な報告を受けているというのに、なんでこんなに落ち着いてるんだろう。
不思議でしょうがなかった。
「経理課を巻き込んでの不正の事実が存在します。これは七海さんが発見して下さいました」
「ほぅ、七海君が?」
「はい。そして今日、証拠を掴んできました。僕の七海さんは名探偵です」
「名探偵ななみ、ってか! 素晴らしいな!」
「……その不正の事実ばかりではなく、これは僕の懸念で済めば良いという話もあるのですが……」
「何だ何だ? 情報がモリモリでお父さん覚えられるかな!?」
「友彦さんったら嫌だわ、冗談がお上手!」
「そう言う結子は美しくてかなわんぞ! はっはっはっ!」
──おい、また話が脱線してるぞ。
……あーあ……和彦の手のひらが俺の太ももの定位置に戻ってきた。
もういっその事ずっと置いてていいよ、と俺はその手をすかさず握った。
握られるとは思ってなかったのか、驚いたらしい和彦が俺の方を見て薄っすらと笑う。
え、……カッコイイんだけど。……こんな表情も出来るのか。
大人びてる。俺より二つも年下なのに恋人繋ぎの仕方がさり気なくてスマートで、ムカつく。
……手慣れやがって。
「ゴホンッ。話を戻してよろしいですか。そう迂闊にしておられると、社長の座を狙う悪者に蹴落とされてしまいますよ」
「ほう、それは嫌だな! あと十五年頑張って、社長職を退いてからは結子と余生を好き勝手過ごしたいと考えているのに!」
「まっ、好き勝手だなんて! けれどいいわね、豪華客船世界一周の旅に行きたいわ! パリやローマは必須ね!」
「一周と言わず五周、六周と回ろうじゃないか!」
「いいわねぇ!」
話が脱線する度に、俺と和彦は手をギュッと握り合う。
和彦はどう思ってるか分からないけど、俺は何となく違和感の原因に気付いちゃったかもしれない。
友彦お父さんはもちろん、結子お母さんにも言える事だ。
「さぁて、それじゃあ……個々のハラスメントの件はさておくとして、諸々の主犯格は誰なのか教えてもらおうかな」
和彦以外のみんなのステーキ皿が空になった。
テーブル上に両肘を付き、手を組んだ友彦お父さんは一心に和彦を見詰め、結子お母さんも爛々と目を輝かせて同じく和彦を凝視している。
二人の目には一切の動揺がない。
そこで俺は確信した。
「……ご存知なんじゃないですか……?」
和彦が口を開く前に、ポロッと声に出してしまった俺に三人の視線が一斉に集まる。
ご両親も、そして和彦も、みんなが「え?」の顔をしている。
ヤバ……ここは黙っとくべきだろ、俺……。
でも、でも、我慢出来なかったんだ。
どうして「諸々の主犯格」が居るって分かるんだよ。
誰かが社長の座を奪おうとしてる、なんて聞いたら狼狽えるもんじゃないの?
社長だからドーンと構えてるにしても、和彦が語った問題に対してもまったく動じないのはおかしい。
どう考えても知ってたとしか思えないよ。
「七海さん、……?」
和彦が繋いでる手をギュッとさらに強く握ってきた。
俺も握り返して、和彦の目を見詰めて小さく頷く。
「……知ってたんですか?」
「ご名答。名探偵ななみ、まさに和彦の嫁に相応しい洞察力」
「ふざけていないでどういう事かお答えを。お父さん、本当に知っていたんですか?」
和彦といい、友彦お父さんといい、何なんだよ名探偵って。
でもちょっと「嫁」って単語に照れてしまった。
どういう事なんだと静かに憤る和彦の前ではしれっと真顔を決めてるけど、実際の俺は心の中で、この状況下で冷静な和彦の事を見直していた。
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