優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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前進 ─和彦─

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 えぇっ、七海さん……?

 僕、すかしているように見えてたの……?

 庇っているのかそうでないのか、思わぬところで発揮した七海さんの天然な台詞に落胆した僕は、苦笑を浮かべる事でとりあえずの平静を保った。

 挨拶は返していたと、見ていたわけでもないのに七海さんは気付いてくれたから……いいんだ。


「……佐倉くん、ごめんなさい……」
「私達、佐倉くんと話してみたくてあんな事……」
「ほ、本当に悪気はなかったの……!」
「……いいんですよ。誤解されるような態度だった僕がいけないんです。謝らないでください」
「…………」
「その……緊張しますが、次からは遠慮なく話し掛けてくださいね」


 ……まだあまり自信はない。

 普通に話し掛けられて平然と応じられる技量も、余裕も、きっとない。

 けれど、全面的に僕を理解してくれている七海さんの、あんなに嬉しい僕のための激怒を見たら……情けなくても前に進まなきゃいけないよね。

 少しずつでいいから進もうな、と他でもない七海さんが言ってくれたから。

 どんなに苦手でも、怖くても、僕なりにやってみるよ。

 必ず、必ず、七海さんの隣りに居て恥ずかしくない男になる。


「いいの……っ?」
「それじゃあ……また、明日ね!」
「明日見掛けたら声掛けるね!」
「はい。どうぞ遠慮なく」


 表情がパアっと明るくなった彼女達に、しっかりと頷いて笑顔を作る。

 すると今度はすごく高い声で何かを言い合いながら、彼女達は賑やかに去って行った。

 その背中を見送って、七海さんの手を握る。またビクッと驚かせてしまった。


「…………」
「…………」


 こんな風に同世代の女性と話したのは何年ぶりだろう。

 陰口のトーンは昔と変わらず嫌な重たさだったけれど、去り際のトーンは決して嫌いではなかった。

 話してみたかった、その言葉に嘘はないように思えた。


「……明日から騒がしくなるな。俺、弾き飛ばされて和彦の隣に居られなくなるかも」
「え? どうしてですか」
「女の子同士の噂が広まる速度を知らないだろ」
「速度、ですか。……あっ」


 握っていた手を振りほどかれてショックを受けている僕に向かって、七海さんがさらに膨れっ面を見せてくる。

 「ゴホンッ」とひとつ咳をした七海さんを見下ろすとすぐに目が合い、彼にしては珍しい上目遣いにドキッとした。

 可愛い人は何をやっても可愛い。


「『佐倉和彦がツンツンしてたのは緊張してただけで、ほんとは超腰が低くて優しい人だったよ! 遠慮なく声掛けていいんだって!  本人が言ってたんだから!』」
「ちょっ……七海さん? 声が変ですよ」
「……って、今頃カフェとか食堂でそんな噂が広まりつつあるかもしんないよ」
「あぁ……真似してたんですか、女の子の声を」
「そうだよ。……はぁ……早まったかな……」
「何を早まったんですか。それより、僕のために怒ってくれて嬉しかったです。ありがとうございます、七海さん。……この顔可愛いですね」


 ただでさえ七海さんの怒った顔に弱いのに、上目遣いまでしてむくれている。

 あんまり可愛くて頬を撫でてみたら、プイとかわされた。


「何も知らないくせに好き勝手言ってたからムカついただけ。明日からを思うとさらにムカつく」
「ムカつく……? まだ怒ってるんですか?」
「いや、何でもない。そのまま気付かなくていい」
「嫌ですよ! その顔……怒ってます。七海さんがプイってする時は拗ねてる時です。よいしょっ……と」
「え、えっ、何っ? ちょ……っ、」


 膨れた顔は好きだけれど、見るからに拗ねているのにこのままのんびりお昼に行く気になんてなれない。

 細い腰を両手で抱き上げて、さっきまで彼女達が居た教室に入った。

 講義室の半分もない広さの教室には、長机が三つと、畳んだ状態のパイプ椅子がいくつか壁際に集められていた。

 七海さんを抱っこしたまま扉の鍵を締めて、長机の一つにちょんと座らせる。


「ここは鍵があるから都合が良いですね。でもあまり使われないのかな、埃っぽい」
「和彦っ……昼メシ行くんだろ! なんでこんなとこ……っ」
「分かっちゃいました」
「…………何が!」
「拗ねてる理由です」


 僕を見て顔を赤くして、俯いたかと思えば何食わぬ顔を必死で装う近頃の七海さん。

 恋を始めたばかりの僕達には時間が足りない……そう思ってるのは僕だけじゃない。

 前に進もうとする僕の背中を押しておきながら、「弾き飛ばされて隣りに居られなくなるかもしれない」なんてヤキモチを焼く。

 考えても都合の良い答えしか見付からなかったよ。

 七海さんの膨れっ面の意味は、僕にとっては喜びしかない。


「分かんなくていい! どうせ見当違いだよ、って事でハズレ!」
「僕の推理を聞いてもないのにハズレだなんて。七海探偵、それはよくありませんよ」
「誰が探偵だよ! ちょっ、何しようとしてんだ!」
「……刺激的な事です」


 真っ赤になってしまった七海さんの後頭部を支えて、一度唇を奪う。

 何度注意しても肌着を着ないから、シャツを捲り上げたらすぐに小さな膨らみを摘める。

 言う事を聞かない七海さんの乳首は、すでにシャツで擦れてツンと立ち上がっていて、僕の指先が少し触れただけでも喉を仰け反らせた。

 なおかつ摘んじゃったから、全身に力も入った。


「ダメ! 絶対ダメ! ん、んあっ……っ」
「ここは期待しているみたいですけど。……可愛い七海さん、なぜ明日から僕の周りが騒がしくなるんでしょうか?」


 心の奥底から、どの口が「優しくしたいなんて言うんだ」と叱咤された気がしたけれど、止まらなかった。

 膨れた七海さんがヤキモチを焼いているんだ。

 どうせなら、自分の口から言わせたいじゃない。

 ……いつかに九条さんと話した、これが僕の内に潜むサド気質なのか、単なる意地悪なのか、どちらだろうと考えながら七海さんの仰け反った喉を舐めて強く吸うと、何とも言えない気持ちになった。

 どうも前者のようだ。



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