140 / 206
前進 ─和彦─
5
しおりを挟む掴もうとした腕からすり抜けた七海さんは、「おい!」なんて声を荒げて中へ突入してしまった。
僕も入るべきか躊躇しているうちに、七海さんと彼女達は言い合いへと発展してゆく。
「えっ? 誰?」
「お前達が誰だよ! 和彦の悪口言ってたのバッチシ聞いてたからな! 最低なのはお前らだろ! コソコソ陰口叩くな!」
「え、和彦って……?」
「佐倉くんの事? 陰口って……何で私達が責められなきゃなんないの?」
「そうよそうよ。挨拶してもまともに返してくれないなんて、性格極悪じゃん」
「人としてどうなのってレベルよ?」
「…………!」
七海さんが押し黙った。
ここからは姿が見えないから、彼女達も七海さんも今どんな表情をしているのか想像する事しか出来ない。
わざわざ正すつもりもないけれど、挨拶されたら返してたよ。……素っ気なく。
それ以上は僕に踏み込まないで、ってすぐにシャッターを下ろしていたのがいけない。そんな事は分かっている。
今の僕には、それがいけない事だったって、分かっている。
「……和彦の事、何も知らないくせに」
「はあ?」
「何にも、何にも、知らないくせに!」
「何熱くなってんの? てかあんた誰よ」
「お前達こそ誰だよ! 名前も顔も知らないお前達に、和彦の事を悪く言われる筋合いはない!」
──七海さん……。
怒っている七海さんに、不覚にもキュンとさせられた。
そんなに怒ってくれなくていい。七海さんがとばっちり受けて嫌な気持ちになるかもしれないのに、僕のために声を荒げてくれた事が嬉しくてたまらなかった。
心が疼く。どうしようもなく、七海さんを抱き締めたい衝動に駆られる。
何も知らない彼女達が悪いわけじゃない。
これまでの僕が褒められたものではなかったから、こんな風に言われちゃうだけなんだ。
──変わるよ、七海さん。
僕は変わる。七海さんが迷い無く僕を庇って憤ってくれた気持ち、絶対に無駄にしない。
「こわーい。なんなの?」
「ねぇ、もう行こうよ。外も暑いのにこいつ居たら室内まで暑くなるよ」
「~~っっ、待て!」
「何よ!」
「うるさいのよ、和彦和彦って。私達はただ愛想のない男はヤダねって話してただけじゃん!」
「……っ佐倉くん!?」
飛び出してきた三人の女性達は、そこに居た僕に気付いて一気に焦りの表情を浮かべた。
「あ、あの……っ」
「佐倉くん、私達は別に……!」
「えっと……、あの……」
取り繕うのか、勢いのまま罵倒してくるのか。
過去を反芻しながら、僕は立ち止まった彼女達の様子を見守る。
どんな反応をされても考えている台詞は同じだけれど、少しだけ間を空けたのは、七海さんの言っていた事を思い出していたからだ。
『あとほんのちょっと周りに目を向ければ、意外と敵ばっかりでもないじゃんって気付けたはずなんだよ』
僕がいけなかったから。
僕が弱虫でヘタレで変人だったから。
誤解を招く行動を取ってきた、僕が全面的に悪いから。
何を言われても仕方ない。 当然の報いだ。
「……っ、私達は、……その……」
「今、話してたのも、……」
「悪気があったわけじゃ……」
僕が順に彼女達を見詰めると、さっきまでの勢いはすっかり無くなって項垂れていった。
そばでまだ怒った顔をしている七海さんを瞳で制すと、僕は一歩近付いて屈み、三人の顔を覗き込んだ。
「ごめんなさい。僕があなた方に失礼な態度を取ったのがよくなかったんです。さっきの、僕は気にしていませんから。嫌な思いをさせてしまって、ごめんなさい」
頭を下げて詫びた僕の頭上から、息を呑む気配がした。
変わらなきゃと思うと、自分と向き合う事まで出来るようになる。
この場で七海さんが僕に見せてくれた大切な心意気も、背中を押してくれた。
……伝わるかな。……伝わるといいな。
「和彦……っ、何も謝んなくても……!」
「そ、そうよ!」
「謝ってほしかったわけじゃないから!」
「さ、佐倉くんっ、頭上げてよ……!」
近付いてきた七海さんの声に上乗せするように、彼女達も畳み掛けてくる。
顔を上げると、三人がどうしたらいいか分からないって表情で見ていたが、その挙動ですぐに僕への悪意が無くなったと分かった。
「いえ、僕が失礼な態度を……」
「違うの! さ、佐倉くんが、…」
「佐倉くん、みんなと話そうとしないの、勿体無いって……」
「みんな、言ってるよ。佐倉くんと……話してみたいって」
「…………」
それはどういう意味で? ……と、昔からの癖でついそう思ってしまったけど、口には出さなかった。
もちろん僕だってこのままではよくないと思ってる。
将来のため、何より僕自身の成長のためには、人とのコミュニケーション能力を大学在学中に学んでおくべきなんだよね。
でも急にそんな事を言われても困ってしまう。
話したいから陰でコソコソ言うっていうのもよく分からない。
無意識に七海さんに助けを求めて視線を送ると、それに気付いて僕の隣に戻って来てくれた。
「じゃあ今みたいにコソコソするなよ。あと訂正したいのが、挨拶はちゃんと返してたと思うよ、和彦」
「……それは……そう、かも」
「だろ? 御曹司なのはほんとだけど、性格に関しても極悪なんかじゃない。和彦はめちゃくちゃ優しいよ」
「そうなの?」
「だって佐倉くん、話し掛けるなって感じだったから……」
「私達も知らなくて……」
「これまでは極端に会話したがらなかったかもしれないけど、これからは話し掛けてやってほしい。あんまグイグイいくと緊張するから、ソフトにな。顔がイケてるからすかしてるように見えるけど、実は全然そうじゃないから」
0
お気に入りに追加
661
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる