優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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「七海さん、おはようございます」
「ん……」


 夢の中と同じ、穏やかな声と温かい手のひらに揺り起こされた。

 眠る前に何時間もエッチしてたからか、夢にまで和彦が出て来て「可愛い」だの「小悪魔ちゃん」だの言って俺を困らせていた気がする。


「夕食の時間ですよ。食べながら作戦会議をしましょう」
「あぁ。……んーーっ」


 ……夕飯って……俺そんなに寝ちゃってたのか。

 和彦に支えられて上体を起こすと、両腕を目一杯上げて固まった筋肉をほぐす。

 するとベッド脇に腰掛けた和彦に控えめに笑われた。


「ふふ……っ、伸びをする猫ちゃんみたい」
「はっ? も、もうさ、そういう事言うなって何回言えば……!」
「……猫ちゃん?」
「そう! ……ほっぺた熱くなるからやめろっつの……」
「七海さんこそ、そんなに可愛い顔して可愛い事を言うのはやめてください。ついつい押し倒してしまいたくなります」
「えぇ!? 今日はダメ! ダメだからなっ?」
「分かっていますよ。……七海さんが知りたがってる事もお話しなければならないようですからね」
「あ……話してくれるの……?」


 起き抜けの脳が瞬時に反応した。

 いっぱい話をしよう、和彦の事を聞かせてほしい。  そう思いながらも睡魔には勝てなくて寝落ちしてしまったから、和彦の方から切り出してくれたのはすごく嬉しかった。


「夕食の後に、ゆっくりお話しましょう」


 伸びをした拍子にはだけたガウンを、和彦がそっと直してくれる。

 ほんとにガオーッて襲ってくるつもりはないらしい。

 一階に下りて、俺には豪華過ぎる夕食を食べてから、昨日出来なかったリリくんの部屋んぽに付き添った。

 少しだけ心を開いてくれたリリくんは、和彦の肩に乗ったついでに隣に座る俺の髪をクンクン嗅ぐ。

 まだ手には乗らないけど、触らなければ膝には乗ってくれるようになって嬉しい。

 キョトンと見上げるリリくんの顔がやたらと俺に似てるとうるさいメルヘン王子は、手のひらからひまわりの種を与えながら、ようやく重たかった口を開く。


「何故ですかね……僕の話を僕の許可無く喋ってしまうなんて、後藤さんらしくありません」


 ──あ……もしかして、俺が寝てる間に後藤さんと何か話したのかな。

 口火を切った和彦が、ふっと淡く微笑む。

 恐らく長年向き合わなかった「言葉の刃」を思い出して、僅かな躊躇を示しているんだ。

 ここまで引き摺るほど傷付いた暗い過去を、出会ったばかりの俺に話すなんて勇気がいるよな。

 俺の「初めて」を奪った時の落ち込みようもハンパじゃなかったみたいだし、和彦の人間性を知った今ではその躊躇が手に取るように分かる。

 でも、俺は知らなきゃいけない。

 おかしいと形容されて、自らもその自覚のある和彦を受け入れた俺は、絶対に──。


「……俺のこと信じてくれたんだと思うよ。後藤さんは悪くない」
「あぁ、もちろん、責めてはいません。後藤さんもそう仰っていましたから。七海さんだからお話した、と」
「そっか、……」


 和彦の手のひらからひまわりの種が消えた。  かわりに、ぴょん、と床に下りたリリくんのほっぺたがまんまるになっている。

 隅っこでゴソゴソしているリリくんの可愛い尻尾を見ながら、俺と和彦はまた沈黙した。

 この話をするのは、和彦のタイミングでいい。  今なら話せると思えるまで、俺はいくらでも待つ。

 静かな時が流れるなか、肩を抱いてくる和彦に凭れて部屋んぽを堪能するリリくんを眺めた。

 可愛いからいつまでも見てられる。

 時間なんか気にしないで、小さな体でチョロチョロと動き回る愛らしい姿を見詰めていると、隣で覚悟を決めたように「ふぅ…」と大きく深呼吸をした。


「──言った方は覚えてなくても、言われた当人……つまり僕は今でも鮮明に一言一句覚えています。何度も言われて、何度も傷付けられました。どうして僕が傷付いているのが分からないのか、不思議でならなかった」


 語り始めたそれが、言葉の刃を意味する。

 今でも鮮明に、一言一句覚えている。……執念深いなと思う前に、傷付いてるという事実がそこにある。

 大事な時期に大切なコミュニケーション能力を培えなかった、和彦が心を閉ざした原因が。


「一体何を言われたんだよ。誰に、何を」
「今思えば、僕もいけなかったんです。……これを見てください」


 立ち上がった和彦が本棚から持ち出してきた分厚いそれは、年季が入ってそうなアルバムだった。

 独特の開閉音はどこか懐かしい。


「アルバム? どれどれ……」


 覗き込むと、そこには揃いの制服を着た幼稚園児がたくさん写っていた。

 これは多分……和彦の幼稚園時代のクラスの集合写真、……だよな。

 和彦はどこだろう。無意識にその姿を探すも、それらしき子どもが見当たらない。

 ぐるりと全員の顔を見回して、首を傾げた。


「ん? どれが和彦? ……これ?」
「違います。その隣です、こっちが僕」
「え、……っえぇっっ!? いや、これ、……えっ!? ほんとにこの子が和彦!?」


 思わずアルバムを奪い取り、目を見開いて和彦と写真の子を何度も見比べた。

 色白だ。

 言われてみれば顔立ちは面影がある。

 無表情が怒ってるように見えるのも、今とそう変わらない。

 ただ、なんていうのかな。

 判断の付かない子どもが、つい心ない言葉を口走ってしまう気持ちが分からなくもないくらい、……その……ぽっちゃりしている。

 すごくすごく控えめに言って、ぽっちゃりだ。

 これもまた「言葉の刃」になってしまうから、大人な俺は間違っても口には出さないけど……現在とあまりに違う見た目に、さすがにビックリした。




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