122 / 206
さざ波 ─和彦─
7
しおりを挟む許せない。
口止めしなければならないほどの事をしておいて、その上、僕の七海さんを悩ませるなんて許しちゃおかない。
一体どこのどいつなの。
七海さんはバイトを始めてまだ五日なんだよ。
それなのに男気溢れる七海さんは、何とかしてあげたいんだと興奮気味に力説してきた。
「七海さん、落ち着いて。一から説明してください。松田さんって確か、経理課の女性社員ですよね」
「うん、そう。俺あんなのドラマだけの話かと思ってたんだよ……! そうそうある事じゃないよなって! でも違ったっ」
「……ねぇ七海さん、まったく説明になっていないですよ」
「説明ってどう言ったら……あっ!」
顔はすぐには思い出せないものの、経理課の松田さんという名は聞き覚えがある。
経理課に配属されて一週間、僕もその松田という女性に仕事を見てもらっていた。薄情にも、まったく微塵もどんな人か浮かばないのだけれど……。
現場の光景を思い出してしまった七海さんは、普段の冷静さを欠いている。
話が見えない僕の前で、何かを閃いてパチンと手を打った七海さんはとっても可愛かった。
「どうしました?」
「セクハラ! あれはセクハラだ!」
「……セクハラ?」
「うん、絶対そうだ。松田さん、偉い人にセクハラされてる。やめてくださいって何回も言ってたのに、やめなかったんだよ、そいつ!」
「…………」
──実際の企業内では幾人もが、ハラスメント行為によって内々に処罰されていると聞いた事はあったけれど、それが父の会社内で現実に起こっていて、しかも七海さんが直に目撃してしまったなんて耳を疑う事象だ。
たった五日、されど五日。
松田さんに真実を問うわけにもいかず、「偉い人」から口止めされて僕にも話す事が出来なかった七海さんは、さぞ心苦しかったに違いない。
無理矢理にでも、気になる台詞をボソッと呟いたあの日に聞き出してあげていれば良かった。
それこそ、無理強いしてでも。
「七海さん……その偉い人から口止めされたっていうのは、どうやって……?」
僕は七海さんの体を抱えてテディベア状態にした。
優しく後ろから抱き締めると、僕の腕を握って胸に頭を寄せてくる七海さんは、無防備そのもの。
そんな可愛い事をされたら、どうしたって下半身が疼くけれど今はそれどころじゃない。
「目で「誰にも言うなよ」って」
「……睨まれたんですか?」
「っぽい。バイト初日に、松田さんを追い掛けて俺……給湯室に行ったんだ。中で松田さんと別の人の声がしたから、最初は仲良い人と喋ってんのかなーと思ってノックしないでいたんだよ。そしたら中から、「やめてください」って聞こえて……」
「そして、偉い人が出て来たところに、七海さんと目が合った、……という事ですか」
「そう。……誰にも言わないでよ、絶対。和彦だから話したんだからな」
睨みで口止めされたって……。
松田さんにセクハラしている男は、自身にも悪い事をしている自覚があるという事か。
……分からないな。それが社内に広まるとマズイのなら、なぜ自覚のある悪事をわざわざその社内で働いてしまうんだろう。
事が事だから、松田さんが誰にも告げ口出来ないのをいい事に好き放題しているのではと、嫌でもそんな結論に行き着く。
「分かっています。セクハラは由々しき問題です。見て、聞いてしまったからには、解決しましょう。……七海さんを睨んだという罪も上乗せになりましたしね、その方は」
「罪ってほどじゃ……」
「罪です。大罪です。本音を言うと、七海さんを僕以外の人の目に触れさせたくありません」
僕の七海さんと視線を合わせただけでも罪なのに、さらに睨みで七海さんの意思を支配しようとしたなんて大罪に決まっている。
相変わらず和彦は怖いなぁと薄く笑う七海さんをぎゅっと抱き寄せて、髪にキスを落としながら、話してくれた事に感謝をした。
言葉なんて意味を成さないと思っていたけれど、七海さんの言葉が僕の胸を打って奮い立たせてくれたように、僕も真摯に伝えてみたら思いは通じた。
──七海さんが、僕を信じてくれた。
「偉い人って、みんな ああやって弱い者を抑えつけて自分の思い通りにしようとしてんのかな」
「……みんなではありませんよ。ちなみに七海さん、相手の顔は覚えていますか?」
「覚えてる。社員証も見たから、検索して調べてみた」
「えっ!? 調べてみたって……」
「それが誰かっていうの、和彦に話すべきかめちゃくちゃ躊躇ってる。偉い人には違いないし、多分この事が明るみに出たら、出世どころか会社にも居られなくなるよな?」
「ちょっと、七海さん、七海さん。何だか一人で解決する気満々じゃないですか。僕も一味に入れてくださいよ。誰なんですか、そのセクハラ男」
初日にそんなものを目撃してしまったというのに、七海さんは狼狽える事なく相手の特定をすでに済ませているなんて、物凄い行動力だ。
何とかしてあげたいと言った言葉通り、七海さんには使命感が生まれている。
口止めされても、それを真に受けていない。
むしろそれを逆手に取って、分かりましたと従順なフリをしてこっそり裏を取ろうと、僕の知らないところで目下奮闘中だったみたいだ。
どうりで初日以降は「気が晴れた」「疲れた」と口にしなかったはずだよ。
そういえば僕の七海さんは、強くて、どこまでも優しくて、おまけに推理推測が得意な(好きな?)ちょっとした名探偵だった。
0
お気に入りに追加
661
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる