優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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さざ波

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 大学に居る間の和彦の行動に、注目してみた。

 歳も学部も違うからずっと見てるわけにはいかなかったけど、時間の許す限り俺の傍に居る和彦を、少なくとも注視する事は出来る。

 過去に俺が諭してきた男数人とは難なく会話が出来たみたいだし、九条君と接するのも今はそんなに壁がないように見えるし、週末の金持ちパーティーも和彦は当たり障りなくこなしていると、後藤さんから聞いた。

 となると、和彦の「若干の人間不信」は限定されているっぽい。

 大学構内での和彦はほんとに顔見知りとしか会話をしていなくて、知らない人と接触するのは緊張する……って、そんなレベルじゃない。あえて避けている。

 俺の歩幅に合わせて歩くと、和彦にとってはスローペースになるから隙が生まれるんだろう。

 和彦と俺という珍しいツーショットなのも相まって、目に見えて周囲はじわじわと距離を詰めようとしてきている。

 早くも来週には、知らない人から「おはよう」と声を掛けられてもおかしくない雰囲気だ。

 その時、俺が助け舟を出さなかったら、和彦はどんな対応をするのか見てみたい。

 俺にはまだ教えられないと言う、そうなってしまった原因を知る事が出来るかもしれないと思った。

 不覚にも和彦にのめり込み始めた俺は、無意識に手首を擦る。

 たった四日で痣が薄れてしまった事に残念さを覚えてるなんて、隣でリリくんと無邪気に戯れてる和彦には、……絶対に言えない。


「──七海さん、聞いてください」
「んー?」


 リリくんが和彦の膝から飛び下り、小さな体とフサフサの尻尾を揺らして床を走り回る可愛らしい姿を目で追う。

 就寝前、和彦がリリくんの部屋んぽを見守る中、俺は三人掛けの広いソファで読書をするというのが一昨日からの日課になった。

 今週末は金持ちパーティーが無かった(断ったのか?)から、和彦と俺は講義以外のすべての時間を共にしている。

 隙間なく寄り添ってくる和彦の視線は、読書中だった俺の横顔に幾度も刺さっていた。

 ……気付かないフリするの、大変だったんだからな。

 何気なく和彦の顔を見上げると、いつからそんな表情してたんだってくらい眉間に皺が寄っている。


「僕、毎日が幸せで、どうしたらいいか分からないんです!」


 また妙な妄想でもしてんのかと思ったら、突然大声でこんな事を言いながら抱き寄せられた。

 ……恥ずかしい。大声で耳が痛い。恥ずかしい。……照れる。

 狼狽えた俺は持ってた分厚い本をドサッと床に落とし、和彦の声に驚いたリリくんはケージの上に飛び乗った。


「なっ? 何を突然……! リリくんが驚いてるからいきなりそんな大声出すなよ」
「あっ……ごめんね、リリくん! でもこの幸せな気持ちは僕の傍に七海さんが居てくれるからこそなので、感謝を伝えたいんです!」
「分かったから声のボリュームを落とせよっ。……あーあ、リリくんお家に戻っちゃったじゃん……今日も触れなかったなぁ」


 その感謝ってやつは、俺を構い倒す和彦の態度や言動でいつでも感じてるんだから、改めて今言わなくていいよっ。

 ほっぺたが熱くなってきた俺は、照れ隠しに顔を背けて話を変える。

 読書の合間に、今日こそリリくんと触れ合えるかもって期待してたのはほんとだ。

 ぴょんぴょんと軽やかにケージの中へと戻ってしまったリリくんは、入り口からコソッとこちらを伺ったあと、木箱のお家の中で体を丸めた。

 どうやら二日おきらしい部屋んぽは、俺がリリくんと仲良くなるための貴重な時間なのに……。


「リリくんはもうおネムなんですよ。七海さんもでしょ?」


 本を拾って立ち上がった俺の手を、当たり前のように掴んで握る和彦は、ニコニコでリリくんのケージの扉を閉めた。

 そしてさり気なく、分厚くて重たい本を俺から奪う。

 ……このご機嫌な笑顔……紛れもなくやらしい事を想像してるだろ。

 毎日なし崩しに受け入れてた俺もいけないけど、和彦はエッチを誘う泣き落としがうまいんだ。

 それに俺だって、気持ちいい事には逆らえない。

 ましてやドキドキする相手に欲情した目を向けられて、あげく意味深なキスを仕掛けられたら、初な俺はほんの一分でその気になってしまう。

 でも今日はダメだって、きっぱり断らなきゃならない理由があった。


「そんなワクワクした顔してもダメ。明日から初出勤なら、今日はしっかり睡眠取りたい」
「うぅ……本気ですか……?」


 ストーカー男のせいで、キレた和彦に馴染みのバイトを辞めさせられた俺は、新しい職に就く事が決まったらしい。

 らしいっていうのは、まだどんな会社でどんな仕事をするのか、何も聞かされてないから。

 いざ行ってみないと説明出来ないと言われて、和彦と同じ職場だという事しか分からない状態なのに、のんびりエッチしてる場合じゃない。

 シュン……とした和彦は、「リリくんおやすみ」とケージの中へ静かに語り掛けて、俺を寝室に連れ込んだ。


「本気。我慢できないなら俺は自分の部屋で寝……」
「そ、それは嫌です! ……分かりました。今日は我慢するので、明日はいいですよね?」
「明日もダメ」
「な、なっ……なぜですか! 僕二日も我慢出来ないです……七海さん……七海さんが欲しいです……七海さんの中に入りたいです……」
「わわ……っ、和彦っ、今日も我慢する気ないだろ!」


 恨めしい体格差によってベッドに押し倒された俺は、和彦から髪を撫でられてドキドキした胸中を悟られまいと、必死で「その気はない」アピールをした。

 この一週間毎日エッチしてたんだから、そろそろ落ち着いてもよくないっ?

 押し倒されると体が疼き始める俺は、もうすでにそのアピールも無駄骨に終わるかもしれないって、そんな予感を感じていた。

 触れそうで触れない唇の代わりに、互いの鼻先がくっついている。

 ──わざとだ。

 俺が見詰められるのに弱いって分かってて、今、瞬きも忘れてドキドキしてるって分かってて、和彦の奴……わざとしてる。



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