優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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さざ波

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 見てくれだけは俺より歳上の雰囲気を醸し出してるけど、和彦は幼い。

 大事な青春時代を孤独に過ごしたせいで、周囲との接し方も、他人を慮る事もまるで分かっていない。

 そのくせ視線にはすごく敏感で、見られてると分かったらすぐに場所を移動する。

 マスクと眼鏡を外してから、和彦は以前よりさらに注目を集めていると自分で言っていた。

 自慢か! と最初は膨れてた俺も、思い起こせば、和彦を探し回る際はその周囲の声を辿って行っていた。

 顔を隠してた時から和彦は常に注目の的で、それは俺が耳にした限りではすべてが好意的なものだったのに、和彦にはそんなの関係ないんだって。

 
 深刻な人間不信とまではいかないけれど、よく知らない他人は嫌い。会話をしたくない。愛想笑いを見たくない。


 そう言って俺から少しも離れようとしない和彦に向けられていた、羨望の眼差し。

 きっとみんな……特に女の子達は、和彦に挨拶だけでもしてみたいと思ってる子は多いと思う。

 和彦も、その意味深な視線には気付いてるんじゃないかな。

 でも「若干」の人間不信な和彦は、そんな視線は自分には関係ないと、関わりたくないと、大学に居る間はずっと心のシャッターを下ろしている。


「七海さん……好きです……好きです……愛しています……」
「分かっ、分かったから、……っ! 今日はもう勘弁して……」
「…………はい」
「納得いってなさそうだな!」
「だって……僕まだ三回しか……。七海さんは五回でしたけど……五回目は違うのも出ていて気持ち良さそうでしたけど……」
「よっ、余計な事を言うんじゃない!」


 覆い被さる和彦と俺の体は、何が何だか分からないくらいベトベトでぬるぬるで、密着してるのが気持ち悪いから離れようとしても、甘えてくる和彦の立派な体躯はビクともしない。

 射精の度に意識を失う俺を、「七海さん」と優しい声で起こす和彦は完全にサディストだ。

 バスルームで一度貫かれ、せっかく溜めた湯船には入らずにベッドに直行。

 あとはグチャグチャのドロドロにされた。

 初めての洗浄に気を良くした和彦は、エッチの間もずっと「明日からも僕がしますからね」と恐ろしい事を言っていて、俺は聞かなかったフリをした。

 毎日するのかよ。そんなにやったら体がどうにかなっちゃうよ。毎朝晩、ところ構わず欲情してセックスに励むなんて、漫画の中だけだってば。


「もう少し慣れてきたら、潮吹き出来ます。楽しみですね」
「……っ!? やっぱさっきの、それ狙ってただろ!」
「はい。ネットで調べたんですよ。男性でも潮吹き出来ると知って、ぜひ七海さんに体験して頂きたいと思いました」
「いいっ、そんなの体験しなくていいからっ」
「初めてなので、僕のやり方もうまいとは言えなかったでしょう? 洗浄も、潮吹きも、あと二、三回すれば完璧に身につきます。僕はやれば出来る男です」


 いや、和彦……ドヤッじゃないよ。

 俺はまだ初めての経験から二ヶ月くらいしか経ってないんだから、そんなハードな事やらせないでよ。

 最後の射精のあと、やたらと亀頭を撫で回してくるなと思ったんだ。

 もうイッたよ、って言っても応答はなく無言で触られ続けて、そうこうしてたら尿意に近い感覚が俺を襲い、……ムズムズしてたまらなくなって……ちょっと出た。

 思い出させないでよ、恥ずかしくてもう記憶から消してたのに……。

 
「そうだ、七海さん。……さっきはごめんなさい」
「ごめんなさい? 何? 潮吹きはもうちょっと先でお願い……」
「いえ、潮吹きの事じゃないですよ。バスルームで僕、また七海さんを……」
「あぁ、バニラセックスがどうのって言ってたやつ? 気にしてないよ。和彦の暴走なんて今に始まった事じゃないし」


 二時間前の事を思い出した和彦は、見るからにしょんぼりした。

 凹むなら自分から言わなきゃいいじゃん、と思ったけど、それが和彦だもんな。

 変なところで潔い。


「……七海さんの事となると、本当に、冷静でいられないんです。僕以外に七海さんに触れた人が居るなんて……と思い始めたら、急に頭がおかしくなった。ああなったら、僕は七海さんの声も聞こえなくなるんです…」
「そうだったねー。「違う、そんな人居ない」って俺は言ってたんだけどー」
「うっ……。ごめんなさい、七海さん、ごめんなさい……」
「なぁ和彦、俺っておかしい?」
「え……?」
「おかしい? 俺」


 和彦の髪が俺のほっぺたにあたるくらい、至近距離で会話をしていた。

 小さく首を傾げて問う俺の中にはまだ、三回出しても衰えを知らない和彦の性器が挿入されている。

 勘弁してと言いながら突っぱねない俺は、どれだけお尻と腰が悲鳴を上げても、和彦の気が済むまでしていいよって、心の奥底では思ってる。……言うと後悔しそうだから口には出さないけど。

 少しの間、どう答えようか迷う瞳が俺を捉えていた。

 そして意を決したようにちゅっと軽いキスを落とす和彦は、俺の乱れた髪を優しくかき上げる。


「……おかしいです。こんな僕と付き合ってくれてるから、とっても変だと思います」
「だよな。俺もやっと自覚が芽生えて、受け入れようとしてるとこ」
「…………?」
「和彦、言っただろ。俺はぜんぶ受け止めてあげる。俺がおかしくなったのは和彦のせいなんだから、「責任」取ってよ」
「…………! も、もちろんです! 僕の魂は、出会った日から七海さんのものです!」
「あはは……っ。俺が魂貰ったら和彦は抜け殻になっちゃうじゃん」
「それは……いけないですね。七海さんを愛でる事が出来ないのはツラいので、魂は僕が死ぬ間際に差し上げます」
「じゃ予約しとくな」
「……はい!」


 ──魂貰う予約って何だ。

 おかしくなった俺は、こんな妙な会話にも笑っていられた。

 言葉からも、態度からも、和彦は俺に重たい愛を伝えよう、与えようとしてくれる。

 自覚が芽生えたばかりの俺は、まだ返すまで至らない。  重たい愛を返す術を知らないし、照れくさくてしょうがないから、そこは誤魔化すかもしれない。

 でも……。

 和彦の極度な他人への懐疑心は、見逃せないよ。

 


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