優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
110 / 206
さざ波

5※

しおりを挟む



 俺を縛り上げた時と同じ、和彦の怒気をはらんだ瞳に体が竦んだ。

 この瞳は、つい昨日見た。

 ……やばい。こうなると和彦は、俺の話を聞かないモードどころか一人で暗闇を突っ走る病み暴走モードに入る。

 目が合うと壁に付いた手をギュッと握られて、和彦の下腹部をお尻にグイと押し当てられた。
 

「……っ、和彦……っ?」


 バニラセックスって何だっけ、俺はそう問いたいだけなのに、和彦は己の妄想を掻き立てて目を泳がせ始める。


「経験、あるんですか? え……? ……ちょっと待ってください、七海さんの体は僕しか知らないと思ってたのに……どういう事なんですか? 挿れられた事はないけど、誰かにここを……触らせた事があるんですか? ぐちゃぐちゃに掻き回された事があるんですか?」


 締まりきった後孔周辺をぐにぐにと押しながら、俺に詰め寄ってきた和彦の狼狽えた吐息が耳にかかる。

 そうか、バニラセックスってそういう意味だったんだ……!

 おかげで意味を知る事は出来たけど、また和彦は良からぬ誤解をしている。


「ないよ、あるわけない! ちょっ……和彦っ……また病み入ってる……ん、んっ……んぁ……っ!」


 振り返って和彦を見上げた直後、ソープにまみれた指先がぐにゅ……と挿れられて、膝が笑った。

 その指先は、宣言通り内襞をくまなく擦り洗うかの如く、ゆっくり円を描くように動かされている。

 じわじわと押し入る、意思を持ったその蠢きは自分でするよりたどたどしくはあったけど、その拙さが逆にじれったくて気持ちいい。

 足が震えてるの……気付いてないはずないのに、わざわざ和彦は絡ませていた手を解いて俺の腰を支えてまで、立たせ続ける事に固執した。

 引き抜いた指先にソープを足すと、今度は躊躇なく第二関節までぐにゅっと挿入される。

 蠢く指先が、もう「洗浄」に慣れてきた。

 二本指でじっくり擦られた後、シャワーで一度流されてホッと体の力が抜けた途端、すぐにソープでぬめった指先を再挿入する。

 洗い流されたソープで床が滑りやすくなったからか、足元がおぼつかない。

 しばらく沈黙を貫いている和彦を振り返っても、絶対に良くない事を考えてる顔をしていた。

 険しい表情の和彦は、俺の体を支えたまま背中にのしかかってきて、さらに立ってられなくなってきた。


「……いつ、誰に、何回触らせたんですか? ……その方は上手でした?」
「……っ、ないって、言ってんじゃん……!」
「下手だったって事ですか? その方の名前を教えてください」
「教えられるわけ、ないだろ! や、やっぁっ……っ」


 責め立てられる指先に喉を反らせて、妄想力が半端じゃない和彦を力無く振り返る。

 そんな事実ないんだから、名前を教えるなんて不可能だろ……!

 誰とも経験がないって言ってんのに、なんでそう良くない方に妄想を持っていくんだよ……!?

 苛立ってるくせに、俺のいいとこを見付けてそこばかり虐めてくるからまともに反論も出来ない。

 膝が笑う。床も滑る。背中に乗ってる和彦が重たい。  

 和彦のあり得ない妄想も、洗浄とは名ばかりになる事も、想定外だった。

 俺は、経験は無くてもこの手の知識だけは充分あるはずなのに……。


「和彦……っ、そこ、そこばっかダメだってば……! やぁっ……っ!」
「……恋人の僕にまだ隠し事があったなんて、許せないな……。七海さん、魔性も程々にしておかないと体が保ちませんよ」
「なにも、隠してない……! なんでそう……っ、妄想が激しいんだ……っ」
「妄想? 僕以外の誰かが七海さんの体に触れていたんですよ? 腹が立たないわけない。……ここに触れた者にも、触れさせた七海さんにも……」
「和彦……! そんなの、居ないっ、居ないって言ってるだろ……! ぜんぶ、和彦の、妄想!」


 指が引き抜かれたのを見計らって、俺はフラつきながら和彦をぎゅっと抱き締めた。

 こうして抱き締めてやると、暴走した和彦はいくらか落ち着いてくれるって昨日分かったから、それに賭けてみた。

 ずっと出しっぱなしで勿体無いシャワーの流水音が、浴室内を反響する。

 和彦の体も、俺の体も、思いを代弁するかのように熱を帯びていて、おまけにスチームサウナ状態で息の上がる事をしてたから湯船に入る前にのぼせた。


「妄、想……? 居ない? 居ないんですか? ……七海さんに触れた事があるのは、僕だけですか?」
「そうだよ! バニラセックスの意味も知らなかったんだからな、俺!」
「……そう、ですか……僕の妄想でしたか……」


 ──世話の焼ける男だ。

 縋るように抱き締め返してきた和彦は、ほんとにたったこれだけの事で落ち着きを取り戻し、冷静になってくれた。

 優しくしたいって言ってたのはどこのどいつだよ。

 昨日も今日も、取り乱し過ぎだろ。

 たっぷりと洗われ、解されたお尻の孔がヒクヒクしていて疼いた。

 和彦からの愛欲を受け入れる準備なら出来てる。

 今さら妄想が爆発したところで、俺は狼狽えたりしない。だから、もっと心にゆとりを持っててほしい。

 俺は普通じゃないんだよ、和彦と一緒で。


「……和彦、……優しくしてよ。俺のことそんなに信じらんない?」
「そ、そんな事ないです。信じています。……ごめんなさい……僕また……っ」
「何がきっかけかは分かんないけど、和彦を止める方法は分かったから、不安でいっぱいならいくらでも暴走していいよ。……痛い事は嫌だけど」
「暴走……」


 我を忘れていた自身を回顧し、苦笑を浮かべる和彦だからこそ俺は、離れてた間も和彦の事が気になってしょうがなかったんだ。

 自分の過ちは誰よりも深く胸に刻むのに、ふとした時に自身の思いに囚われる和彦は、不安心の塊だと思った。

 見えてきた気がする。

 和彦の姿を、心を、本質を、ようやく見詰めてあげられそうな気がする。

 落ち込んだ和彦の「七海さん……」と呼ぶ声が、俺の腕に力を込めさせた。


「俺は受け止める。和彦のぜんぶを、受け止めてあげる」



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

処理中です...