優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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究明 ─和彦─

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 振り向かなくても分かったその声の主は、七海さんの隣ではなく何故か僕の隣に腰掛けてコーヒーを飲んでいる。

 ……それ……僕のコーヒーなんだけど。


「……おはようございます。九条さん」
「おはよ、九条君。イチャついてなんかないよ」
「おはよ。お前ら二人が一緒に居るってだけで注目集めてんだから、大っぴらにイチャつくな」
「注目集めてもイチャついてもないし! な、和彦っ」


 僕は周りからの視線には気付いていたけど、七海さんの言う通りイチャついてなんかない。

 気持ちの良い真夏の朝、遠くに見える僅かな木々達を眺めながらのモーニングコーヒー……これはイチャイチャというより、「デート」でしょ。

 それを証明しようと、僕は立ち上がって前のめりになり、向かいに座る七海さんに腕を伸ばした。


「そうですよね。イチャつくっていうのはこういう事を……」
「おい、誰が今実践しろっつったよ」
「ちょっ、……和彦、Sit down」
「OK」
「……なんだお前ら」


 僕と七海さんのやり取りに、九条さんが唖然としている。

 完全に僕のコーヒーを我が物にして口元だけで笑った九条さんに、僕らの関係が良好な事を示せたのなら良かった。

 九条さんには申し訳ないけれど、七海さんはもう僕のものだ。

 僕も、そして七海さんも、ちょっと普通じゃないおかしな者同士。九条さんの付け入る隙なんてない。

 新しくコーヒーを頼みに行くまでもないから、僕は足を組んでゆったりと七海さんを眺めようとしていた。


「ところで七海、なんで長袖着てんだ? こいつは前々からワイシャツ男だけど、七海がそんなの着てるって珍しくね?」


 テーブルに腕を付き、不思議そうに七海さんに視線を送る九条さん。

 早速の問いに、カップに口を付けようとしていた七海さんが見るからにハッとして九条さんを見ている。

 ──これは、予想していた通りの反応が見られそうだ。

 僕の嫉妬と不安、そして愛の証をサッとテーブルの下に隠した可愛い恋人を、しばらく静観する事にする。


「へっ!? い、いや、これはあの……っ、さ、寒くて!」
「は? 寒い? いま八月だぞ」
「あ、違う! 寒くない! 暑いよ!」
「じゃあ脱ぎゃいいじゃん」
「脱げない! やっぱ寒いからな!」
「また熱でもあんじゃねぇの? クーラーガンガンの部屋で素っ裸で寝てるからそんな事になんだよ」
「裸で寝てるわけないだろっ。ちゃんとネグリジェみたいなの着てるよ!」
「ネグリジェ!?」
「──ぷっ……!」


 ネグリジェ!?

 九条さんの驚きの声と、僕の心の声が重なった。

 顔を真っ赤にして狼狽えている七海さんの足元から、ジタバタと足踏みする音が聞こえる。

 慌ててるのは分かるけれど、予想以上の狼狽えっぷりに僕は内から込み上げる可笑しさに肩を揺らした。

 ……七海さん、可愛過ぎるよ。


「ネグリジェって何だよ。七海に女もん着せてんのか?」
「ふふふふっ……着せてないですよ……」
「和彦笑い過ぎ! あれなんて言うんだよっ? ツルツルってかサラサラしてるやつ!」
「ふふふふっ……あれはシルクガウンです」
「ガウンか! そのガウンってやつ着てるから腹出して寝てないよ! ……あーもう、暑くなってきたっ」
「じゃあ脱げば?」
「えっ!? い、いや、脱げない!」
「だから何で」
「寒いから!」
「はぁ? たった今暑いって……」


 駄目だ。面白過ぎる。

 手で口元を隠して笑っていたけど、七海さんからキッと睨まれてるから僕が笑ってるのバレているんだろうな。

 九条さんも恐らく、七海さんが何かを隠そうとしてるんだって事に気付いている。

 それなのに七海さんへの追及をやめないんだから、結構な鬼畜だ。

 弁護士さんになる人はやっぱり違うな。  あたふたする七海さんを前にしても、顔色が一切変わらない。

 僕には絶対に無理だ。


「だーかーらー、何で暑いのに脱がないんだって聞いてんだろ。熱もない、寒くもない、むしろ暑いって七海は自分で言ってたんだぞ?」
「だーかーらーっ、暑いんだか寒いんだか分かんないから着てるんだよ!」
「答えになってねぇよ。支離滅裂もいいとこ」
「~~っ、とにかく寒いんだ!」
「暑いって言ってたじゃねぇか」
「九条さん、その辺でやめてください。七海さんが可哀想です」


 これ以上追及されたら、七海さんの血圧が最高値まで達して倒れてしまう。

 慌てる様子も、よく分からない言い訳をしているのも、ずっと見ていられるくらい可愛かったけれど、唇を変な形に歪ませて唸っている姿はさすがに気の毒だ。

 そもそも僕がやってしまった事なのに、必死にそれを隠そうとする七海さんはやっぱり優しい。


「あー面白かった。七海、頭頂部から湯気出てるぞ」
「出てないよ! ……えっ? 出てる!?」
「ふふっ……出ていませんよ。九条さん、変な事言わないでください」


 九条さんが妙な事を言うから、僕を見た七海さんは自身の金髪頭をペタペタと触っている。

 そんなはずはないのに、言いくるめられそうになった九条さんの言う事を本気に捉える素直さが、愛おしくて可愛い。


 ──僕、朝起きてから何度七海さんを「可愛い」と思ったか知れないな。


 気を付けないと、口を開けば毎回言ってしまいそうだ。


「それはそうと、今日飲みに行かね?」


 飲み干して空になったカップを僕に手渡してきた九条さんが、まだ頬が赤らんだままの七海さんを見て言った。

 僕の目の前で誘うなんて……いい度胸してるじゃない。

 眉を顰めて九条さんを睨むも、対して七海さんは怒りを鎮めて表情を輝かせた。


「飲みに?」
「和彦坊ちゃんも一緒にな」
「和彦も?」
「あぁ。七海と俺が二人で行くのはダメなんだろ? それなら和彦坊ちゃんも連れてくしかねぇじゃん」
「いいね、久しぶりに飲みたい! なぁなぁ和彦、いいだろ? 和彦も一緒にって言ってんだから、行こうよ!」



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