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バッティング ─和彦─
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しおりを挟む今の時代、パソコンもスマホもあるのに、七海さんはアナログに拘った。
リリくんの部屋んぽは夜にまた再開させてあげるとしてゲージに戻し、ベッドルームで待っていると七海さんは本当に紙とペンを持って来た。
ベッドサイドのテーブルで、ルーズリーフに綺麗な文字でペンをスラスラと走らせている。
──ちょっと待って、七海さん。
僕の直すべき短所ってこんなにあるの?とペンを止めたくなるほど、サラサラっと迷い無く書き上げた。
「ん、こんなもんかな」
「……多いですね」
僕に何一つ聞かないまま、七海さんの思う「和彦の直すべき箇所」は箇条書きで八つもあった。
どれもこれも僕のいけないところが的確に簡潔に記されていて、七海さんは実はかなり僕を好きで居てくれてるんじゃないかと内心喜んでしまった。
ほんの一ヶ月前に出会ったとは思えない。 それくらい、僕の事を分かってくれていた。
「和彦はちょっとお坊っちゃまが過ぎるんだよ。世間知らずって言葉が正しいな」
「あぁ……後藤さんにもよく言われます。僕は世間知らずで浮世離れしていると」
「浮世離れな! そういや俺も聞いた気がする」
「……直すべきなんですよね? これ全部」
「俺は別に直さなくていいと思うけど、和彦の親は社長? なんだろ? 後々会社を継ぐんだったら、一般人の心得も知っておくべきだと思う」
ふむ……七海さん、その通りです。
僕の素性をロクに知らないはずなのに、七海さんは何故か僕の事をよく知っている。
ペンのお尻部分を顎にあて、何やら推理を始めた七海さん。
僕の前に、濃紺のシルクガウン姿の名探偵が現れた。
「親は週末しか帰って来ないって言ってたよな? て事は和彦はこの家で血の繋がらない人達と生活……いや、ひとりぼっちだったのかもしれない。周りに大人しか居ない環境かな。そこでまず内気で内向的な性格が出来上がるじゃんか」
「……はい……」
「こんな広い家と庭のあるとこ住んでる、かつ別宅でマンションも持ってるとんでもないお金持ち……となると、和彦の親の会社っていうのがすごーくデッカイって推測される」
「……はい……」
「そんなお金持ちでバックが半端じゃないと、周りも和彦とどう接したらいいか分かんなくてヘラヘラニヤニヤするしかなくなる。……それを見た世間知らずなチビ和彦は、「なんで僕にはA君みたいに接してくれないの、ねぇなんで? B君っ」ってな具合に、周囲に対しての不満がどんどん募った」
「……ぷっ……」
「おいっ、笑うとこじゃないぞ!」
いや……だって、七海さんが本気の演技をして僕に近寄ってくるから……。
可愛くて面白くて、しかも全部当たってるし、その考察にもはや僕は必要ない。
完全に、名探偵を微笑ましく眺める第三者となって聞いていた。
……七海さんの意外な一面を見た。
「ふふふふっ……! ……す、すみません。どうぞ続けて」
「和彦のためにやってるんだからな! ったく!」
「すみません。七海さんは鋭いですね。さすが文系です。たくさん本を読んでいるから、考察がよく出来ています」
「あ、これは漫画とか小説の受け売り! いやぁ……俺が読んでた漫画に和彦みたいな攻めが居たこと忘れてたんだよ」
「漫画? 小説? ……攻め?」
な、なに……?
七海さんは何のことを言っているの?
目をキラキラさせて力説してくる七海さんは、かつての僕への怒りなんてすっかり忘れてしまっているみたいだ。
にこ、と微笑んでくる七海さんはとっても可愛いけれど、僕にはちんぷんかんぷんだった。
「まぁそこは気にするな。大体そういうヘタレな攻めは、しっかり者の俺みたいな受とくっつくって相場は決まってるから」
「ちょっ……七海さん、何を言っているんですか? 分かるように説明してください」
「それはまた今度な。今は和彦の改造計画を練らないと」
「か、改造計画って……」
「えーっと、まずはこの一つ目を……」
──可愛くて真面目で優しい七海さん。
僕を思って改造計画を練ってくれているのは嬉しいよ。
でも、僕はもう……眠たい。
改造計画構想は明日からにしませんか、と言ってしまいたい。
三十時間くらい起きてるんだよ、僕。
七海さんも、深夜バイトのあとにセックスして一時間くらい落ちただけだから寝たとは言えない。
それなのに、なんでそんなに元気なの。……可愛いけれど。
欠伸をする僕にピタリと寄り添い、七海さんは独り言を呟きながらペンを走らせる。
時折僕を見上げて同意を求めてきた時は、その都度おでこにキスをして、何の事か分からないながらとにかく頷いておいた。
この紐解きが終わったあとは七海さんの解説があるだろうからいいやと、小さな体をギュッと後ろから抱き締めて、バレないように合間合間にうたた寝した。
僕のためにありがとう。
大好きです、七海さん。
僕は虚ろな思考の中、他人に対して初めてこう思った。
『僕くらいおかしな子がここに居た』
そりゃあ惹かれ合うはずだって、運命が腑に落ちた忘れられない一日だった。
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