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真実
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しおりを挟む和彦の背中に回した腕が、少しだけ震えている。
しがみつくと俺のじゃない鼓動が聞こえてきて、懲りずにまだドキドキしていた。
そういえば……和彦の心臓の音聞くの好きなんだよな……。なんでだろ。
「ドキドキするんですね? 僕に抱き締められて、イライラじゃなくてドキドキするんですね?」
「え、……うん」
「七海さん……っ」
うわわ……! 苦しい、これはガチで苦しい! 力込めすぎだって……!
体全体を覆った和彦の体躯は、俺よりかなり大きい。
その立派な体躯が小刻みに揺れているような気がして、もしかして和彦は泣いてんじゃないかと思った。
鼻を啜り、微かに呻く声も聞こえる。
泣いてる? ほんとに泣いてる……?
けど、なんで泣くんだ? 悲しませたくて頷いたわけじゃないのに。
「和彦……?」
「七海さんっ! ごめんなさい、こんな出会い方をして、本当にごめんなさい! ……僕のせいで七海さんの夢を壊して、本当に……っ」
「えっ、な、なっ? 和彦っ? どうしたんだよ、さっきまでの大人の男はどこ行ったんだっ?」
あ、あれ? 鼻はぐしゅぐしゅさせてるけど、涙は出てなかった。
ビックリした……泣かせてしまったのかって焦ったよ。
でも、和彦の声色も、覗き見た表情も、感極まるというか感情が昂ぶってるのは間違いなかった。
よく分からない事を毎日聞かされて取り乱す度に、俺を抱き締めて「落ち着いてください」と穏やかに囁く紳士的な和彦が、今は見る影もない。
「そんなもの居ませんよ! 僕は変だし、おかしいし、優しくもないし、相手の心を読む事も出来ないし、少しでも七海さんの情報が欠けると冷静で居られなくなる、器量の狭い最低な男なんです! それなのに……それなのに、七海さんを奪ってごめんなさい!」
昂ぶった和彦の腕が俺の体を締め上げてきて苦しかった。
けれどそれ以上に、マイペース超人である和彦の詫びにはすべての想いが詰まっていて、つい俺ももらい泣きしてしまいそうになる。
鼻の奥がツーンとして、思わず俺も和彦を抱く腕に力を込めた。
『こんな出会い方をしてごめんなさい』
切々と吐露した和彦の「猛烈なる後悔」は、夢見ていた俺の理想を確かにぐちゃぐちゃにした。
あの日合コンに行かなければこんな事にはならなかったのにって、何度も苛立った。
だって、和彦に奪われたから。
俺の思い描いてた甘酸っぱい何もかもを、和彦から、──。
「え、……何……? 和彦が俺の何を奪ったって……?」
「初めて」だけじゃなく、別の何かをも俺から奪ったのか?
真面目に問うと、少しの沈黙の後に和彦は鼻を啜りながら俺をそっと解放した。
両肩に手を置かれて、少し屈んだ和彦から目線を合わされる。
感情の乱れが髪型にも表れていて、せっかくの美形が台無しなほど長めの前髪があちこちにハネていた。
「出会った瞬間から、七海さんは僕と同じ気持ちなんですよ。やっと気付いてくれましたね」
「────!?」
──えぇ!?
なんでそういう事になるんだ……っ? 同じ気持ちって何の事だ!
一人で盛り上がってるとこ悪いけど、俺は和彦に好意っぽいものは伝えてないよな……!?
もらい泣きで目頭が熱くなりそうだったのに、一気に冷めた。
「七海さん、僕に抱き締められてもイライラしないんでしょう? それどころかドキドキするんでしょう? キスもいっぱいして、その度にほっぺたをピンクに染めて、分かんないの顔して可愛く僕を見上げてくるじゃないですか。七海さんからは憎しみよりも好意しか感じませんよ」
「…………っっ」
「僕に冷たくされたと誤解してイライラしたり、僕を探して回ったり、……大切にしていた初めてを奪われた男にそんな事をする理由なんか、一つしかないでしょう?」
「…………」
「それとも、七海さんの僕への挙動も無意識の魔性なんですか? 誰にでも、そうなるんですか?」
「そっ……そんなはずないだろ!」
──俺は探してたんだ。
スパダリとまでは望まないから、漫画の中みたいに俺だけを愛してくれる一途な男を。
この人なら、と思える相手を探し求めて、興味のないフリで無謀な男女の合コンにもたくさん参加した。
そこで何故かノンケをその気にさせてしまった俺だけど、それはプラン外の事だ。
こういうのじゃないんだよなぁ。
もっとこう……漫画みたいな出来事が起こって、運命を感じてみたりしたいんだよなぁ。
夢見がちな俺は妄想していた。
例えば、自販機で小銭が足りなくて困ってたら無言で助けてくれたり、脚立の上から落ちそうになったのを間一髪で受け止めてくれたり、ベタだけど王様ゲームでキスしてそこから意識しちゃったりなんかして……って、……全部やってるじゃん。
俺、密かに望んでた漫画みたいな事、全部経験済みじゃん。
ま、待ってよ、俺……イライラするって言いながら、寝不足の体を押して毎日和彦の事探してたよな。
漫画でよく似たシチュエーションあったけど、あれとは状況が全然違うから当てはまらない……そう思ってたのに、……その考えこそが違ったっていうの……?
「それが魔性じゃない事くらい、僕でも分かります。七海さんが「ドキドキした」と自覚してくれたからには、それはもう……気付いてくれたも同然ですよね」
「ひ、一人で話を進めるな! 待って、俺……俺……っっ」
やっと難問の答えが見付かりそうなんだから、とにかく黙ってて。
考えだすと胸がザワザワしてきて、和彦の瞳から目をそらせない。
待って、待って。──待って。
頭の中で、走馬灯のように和彦との出会いから今日までの様々が蘇っては消えた。
和彦の右手が俺の左頬を捉え、それだけで、全身が熱くなるのを感じる。
そして決定的な一言を言われた事で俺はようやく、「気付いた」。
「七海さん。改めて、僕の魂を七海さんに捧げます。──僕と恋をしましょう」
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