優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
73 / 206
真実

しおりを挟む



 和彦の背中に回した腕が、少しだけ震えている。

 しがみつくと俺のじゃない鼓動が聞こえてきて、懲りずにまだドキドキしていた。

 そういえば……和彦の心臓の音聞くの好きなんだよな……。なんでだろ。


「ドキドキするんですね? 僕に抱き締められて、イライラじゃなくてドキドキするんですね?」
「え、……うん」
「七海さん……っ」


 うわわ……! 苦しい、これはガチで苦しい! 力込めすぎだって……!

 体全体を覆った和彦の体躯は、俺よりかなり大きい。

 その立派な体躯が小刻みに揺れているような気がして、もしかして和彦は泣いてんじゃないかと思った。

 鼻を啜り、微かに呻く声も聞こえる。

 泣いてる? ほんとに泣いてる……?

 けど、なんで泣くんだ? 悲しませたくて頷いたわけじゃないのに。


「和彦……?」
「七海さんっ! ごめんなさい、こんな出会い方をして、本当にごめんなさい! ……僕のせいで七海さんの夢を壊して、本当に……っ」
「えっ、な、なっ? 和彦っ? どうしたんだよ、さっきまでの大人の男はどこ行ったんだっ?」


 あ、あれ? 鼻はぐしゅぐしゅさせてるけど、涙は出てなかった。

 ビックリした……泣かせてしまったのかって焦ったよ。

 でも、和彦の声色も、覗き見た表情も、感極まるというか感情が昂ぶってるのは間違いなかった。

 よく分からない事を毎日聞かされて取り乱す度に、俺を抱き締めて「落ち着いてください」と穏やかに囁く紳士的な和彦が、今は見る影もない。


「そんなもの居ませんよ! 僕は変だし、おかしいし、優しくもないし、相手の心を読む事も出来ないし、少しでも七海さんの情報が欠けると冷静で居られなくなる、器量の狭い最低な男なんです! それなのに……それなのに、七海さんを奪ってごめんなさい!」


 昂ぶった和彦の腕が俺の体を締め上げてきて苦しかった。

 けれどそれ以上に、マイペース超人である和彦の詫びにはすべての想いが詰まっていて、つい俺ももらい泣きしてしまいそうになる。

 鼻の奥がツーンとして、思わず俺も和彦を抱く腕に力を込めた。


『こんな出会い方をしてごめんなさい』


 切々と吐露した和彦の「猛烈なる後悔」は、夢見ていた俺の理想を確かにぐちゃぐちゃにした。

 あの日合コンに行かなければこんな事にはならなかったのにって、何度も苛立った。

 だって、和彦に奪われたから。

 俺の思い描いてた甘酸っぱい何もかもを、和彦から、──。


「え、……何……? 和彦が俺の何を奪ったって……?」


 「初めて」だけじゃなく、別の何かをも俺から奪ったのか?

 真面目に問うと、少しの沈黙の後に和彦は鼻を啜りながら俺をそっと解放した。

 両肩に手を置かれて、少し屈んだ和彦から目線を合わされる。

 感情の乱れが髪型にも表れていて、せっかくの美形が台無しなほど長めの前髪があちこちにハネていた。


「出会った瞬間から、七海さんは僕と同じ気持ちなんですよ。やっと気付いてくれましたね」
「────!?」


 ──えぇ!?

 なんでそういう事になるんだ……っ? 同じ気持ちって何の事だ!

 一人で盛り上がってるとこ悪いけど、俺は和彦に好意っぽいものは伝えてないよな……!?

 もらい泣きで目頭が熱くなりそうだったのに、一気に冷めた。


「七海さん、僕に抱き締められてもイライラしないんでしょう? それどころかドキドキするんでしょう? キスもいっぱいして、その度にほっぺたをピンクに染めて、分かんないの顔して可愛く僕を見上げてくるじゃないですか。七海さんからは憎しみよりも好意しか感じませんよ」
「…………っっ」
「僕に冷たくされたと誤解してイライラしたり、僕を探して回ったり、……大切にしていた初めてを奪われた男にそんな事をする理由なんか、一つしかないでしょう?」
「…………」
「それとも、七海さんの僕への挙動も無意識の魔性なんですか? 誰にでも、そうなるんですか?」
「そっ……そんなはずないだろ!」


 ──俺は探してたんだ。

 スパダリとまでは望まないから、漫画の中みたいに俺だけを愛してくれる一途な男を。

 この人なら、と思える相手を探し求めて、興味のないフリで無謀な男女の合コンにもたくさん参加した。

 そこで何故かノンケをその気にさせてしまった俺だけど、それはプラン外の事だ。


 こういうのじゃないんだよなぁ。
 もっとこう……漫画みたいな出来事が起こって、運命を感じてみたりしたいんだよなぁ。


 夢見がちな俺は妄想していた。

 例えば、自販機で小銭が足りなくて困ってたら無言で助けてくれたり、脚立の上から落ちそうになったのを間一髪で受け止めてくれたり、ベタだけど王様ゲームでキスしてそこから意識しちゃったりなんかして……って、……全部やってるじゃん。

 俺、密かに望んでた漫画みたいな事、全部経験済みじゃん。

 ま、待ってよ、俺……イライラするって言いながら、寝不足の体を押して毎日和彦の事探してたよな。

 漫画でよく似たシチュエーションあったけど、あれとは状況が全然違うから当てはまらない……そう思ってたのに、……その考えこそが違ったっていうの……?


「それが魔性じゃない事くらい、僕でも分かります。七海さんが「ドキドキした」と自覚してくれたからには、それはもう……気付いてくれたも同然ですよね」
「ひ、一人で話を進めるな! 待って、俺……俺……っっ」


 やっと難問の答えが見付かりそうなんだから、とにかく黙ってて。

 考えだすと胸がザワザワしてきて、和彦の瞳から目をそらせない。

 待って、待って。──待って。

 頭の中で、走馬灯のように和彦との出会いから今日までの様々が蘇っては消えた。

 和彦の右手が俺の左頬を捉え、それだけで、全身が熱くなるのを感じる。




 そして決定的な一言を言われた事で俺はようやく、「気付いた」。


「七海さん。改めて、僕の魂を七海さんに捧げます。──僕と恋をしましょう」





しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

処理中です...