優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
69 / 206
高鳴り

しおりを挟む



 俺はこれまでの経緯を九条君に話した。

 二週間前、和彦のお目付け役である後藤さんが、暑さと寝不足で倒れかけだった俺に声を掛けてくれてから、成り行きで和彦宅に居る事も全部だ。

 和彦のせいで心と体が重たかった。無視されてる、避けられてると思い込んでずっとイライラしていた。会えば目を逸らすし、話もまともにしてくれなかったし、ずっとずっとイライラしてたんだ……ってとこまで話すと、九条君は「もう分かった」と言って俺の話を遮った。


「俺ん家来いって言うまでもなかったわけだな」
「…………」
「で? なんで気付かねぇの?」
「だから気付かないって何だよ! あんま言うと怒るよ!」
「もう怒ってんじゃん。……何つーか、七海は気付いてっから、俺と会うの気まずいのかと思った。好きな奴居る七海に告った俺とは、会えるはずねぇじゃん?」
「好きな奴なんか居ないって言ってるだろ!」
「……アイツも大概おかしな奴だけど、七海もかなりヤバイ奴なんだな」


 知らなかった、と笑う九条君は、俺の憤慨にも素知らぬ顔でペットボトルに口を付けた。

 どこをどう聞いたらそんな話になるんだよ。

 九条君は一ヶ月前から同じような事を言ってたけど、笑われる意味がさっぱりだ。 


「……ねぇ九条君、……面と向かって俺に悪口言ってる」
「悪口じゃねぇよ。第三者の俺がすげぇモヤっとするから、しっかり考えろよ。何やってんだよ」
「え……なんで俺がそんなに怒られるんだ……」
「マジな話、まわりくどい恋愛映画見てるみてぇ」
「はぁっ!? ちょっ、悪口やめろ! まわりくどいのは九条君と和彦の方だろっ」


 遠慮のない物言いはどんとこいだけど、それが俺に向かってるとなると話は別だ。

 何を気付けっていうのか、「まわりくどい恋愛映画」って一体何の事を言ってるのか、九条君はまたしても俺に問題提起してきた。

 俺、そんなに頭は悪くないんだよ。

 九条君ほどは良くないけど、もう少しヒントくれたら絶対に解けそうな問題なんだよ。

 抽象的でぼんやりとした事しか言ってくれないから、いつまで経っても解けないんだって。

 ヒントを引き出すにはもっと時間が必要なのに、もう仕事に戻らなきゃいけない。

 九条君の設定温度は俺には合わなくて車内がキンキンで、腕を擦りながら不敵に笑い続ける九条君を見た。

 すると、窓の外のどこか一点を見詰めていた九条君の顔から笑顔が消え、コンビニ横の暗がりを指差した。


「……おい七海、見てみろ。あいつ怪しくねぇ?」
「え、どれ?」


 指先を追っていくも、人影らしきものが確認できるだけで怪しいかどうかまでは分からない。

 目を凝らし、瞬きを忘れて見詰めていると、動き出した人影は怪しくコンビニの中を覗き始めた。


「これから万引きか強盗でもするんじゃねぇの? 動きとか目付きヤバいぞ、アレ」


 ……確かに。偵察のように外から中をジロジロと覗くだけで、コンビニの中には入らないなんて気味が悪い。

 そう思ったと同時に、人影の横顔が灯りの下に晒された。

 ──ドクン、……と俺の心臓が大きく脈打つ。

 自宅ではなくバイト先でその人物の顔を見るとは予想だにしていなくて、思わず息を呑んだ。


「──あ……っ! あ、あれは……っ」
「何だよ、七海、どうした……」
「ストーカー! あれ俺のストーカー!」
「何だと!?」
「うーわ……っ。あいつバイト先まで来てたんだ……。俺の家も知られてたくらいだし、そ、そりゃそうか……」


 横顔がくっきりと見えた瞬間、あいつが電柱の影からジッと俺を見ていた湿っぽい視線を思い出して鳥肌が立った。

 その時だけじゃない。

 数多くの合コンに参加してきた俺が、お持ち帰りしてないあいつの顔を覚えてたって事は、よっぽどインパクトがあったんだ。

 視線が異常過ぎて気持ち悪いからこっちを見るな。唇舐める癖やめろよ。

 安定のウーロンハイを飲みながら、必死であいつからの視線を避けていた事まで鮮明に蘇ってくる。

 まさかその飲み会以降、俺のストーカーとなったなんて驚きと気味悪さでいっぱいだけど、和彦がそれを知って教えてくれなかったら、今頃ほんとに貞操どころか命の危険すらあったかもしれない。

 ──嫌だ……。仕事に戻らなきゃなのに、車から降りられない。
 

「行ってくる」
「えっ!? い、行ってくるって……っ、ちょ、九条君!」


 あいつどうしよう、と九条君の服を引っ張ると、俺が怯えてるのが伝わってしまったらしい。

 九条君は眉間に皺を寄せて、勇んで車を降りて行った。


「ど、どうしよ……! 俺も行った方がいいのか……っ? でもあいつ気持ち悪いしな……!」


 俺が姿を見せる事であいつの気が済めばいいけど、それだけで済むとは思えない。

 ……車を降りてった九条君が、奴に声を掛けた。

 奴は振り向いて九条君を見上げると、ビク、と肩を揺らして逃げようとしたものの、九条君は逃がさないとばかりに奴の首根っこを掴み、暗がりへと連れて行く。

 二人の姿がシルエットでしか確認出来なくなって、よく見えないながらも目を細めて俺は身を乗り出した。 

 その時だった。


 ──コンコン。


「七海さん」
「────っっ!!」


 窓を叩く音と共に、別の意味でゾクッと背筋が寒くなる声がして、俺はホラー映画ばりに恐恐と視線だけを動かしてその姿を捉えた。



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

処理中です...