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高鳴り
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しおりを挟む俺はこれまでの経緯を九条君に話した。
二週間前、和彦のお目付け役である後藤さんが、暑さと寝不足で倒れかけだった俺に声を掛けてくれてから、成り行きで和彦宅に居る事も全部だ。
和彦のせいで心と体が重たかった。無視されてる、避けられてると思い込んでずっとイライラしていた。会えば目を逸らすし、話もまともにしてくれなかったし、ずっとずっとイライラしてたんだ……ってとこまで話すと、九条君は「もう分かった」と言って俺の話を遮った。
「俺ん家来いって言うまでもなかったわけだな」
「…………」
「で? なんで気付かねぇの?」
「だから気付かないって何だよ! あんま言うと怒るよ!」
「もう怒ってんじゃん。……何つーか、七海は気付いてっから、俺と会うの気まずいのかと思った。好きな奴居る七海に告った俺とは、会えるはずねぇじゃん?」
「好きな奴なんか居ないって言ってるだろ!」
「……アイツも大概おかしな奴だけど、七海もかなりヤバイ奴なんだな」
知らなかった、と笑う九条君は、俺の憤慨にも素知らぬ顔でペットボトルに口を付けた。
どこをどう聞いたらそんな話になるんだよ。
九条君は一ヶ月前から同じような事を言ってたけど、笑われる意味がさっぱりだ。
「……ねぇ九条君、……面と向かって俺に悪口言ってる」
「悪口じゃねぇよ。第三者の俺がすげぇモヤっとするから、しっかり考えろよ。何やってんだよ」
「え……なんで俺がそんなに怒られるんだ……」
「マジな話、まわりくどい恋愛映画見てるみてぇ」
「はぁっ!? ちょっ、悪口やめろ! まわりくどいのは九条君と和彦の方だろっ」
遠慮のない物言いはどんとこいだけど、それが俺に向かってるとなると話は別だ。
何を気付けっていうのか、「まわりくどい恋愛映画」って一体何の事を言ってるのか、九条君はまたしても俺に問題提起してきた。
俺、そんなに頭は悪くないんだよ。
九条君ほどは良くないけど、もう少しヒントくれたら絶対に解けそうな問題なんだよ。
抽象的でぼんやりとした事しか言ってくれないから、いつまで経っても解けないんだって。
ヒントを引き出すにはもっと時間が必要なのに、もう仕事に戻らなきゃいけない。
九条君の設定温度は俺には合わなくて車内がキンキンで、腕を擦りながら不敵に笑い続ける九条君を見た。
すると、窓の外のどこか一点を見詰めていた九条君の顔から笑顔が消え、コンビニ横の暗がりを指差した。
「……おい七海、見てみろ。あいつ怪しくねぇ?」
「え、どれ?」
指先を追っていくも、人影らしきものが確認できるだけで怪しいかどうかまでは分からない。
目を凝らし、瞬きを忘れて見詰めていると、動き出した人影は怪しくコンビニの中を覗き始めた。
「これから万引きか強盗でもするんじゃねぇの? 動きとか目付きヤバいぞ、アレ」
……確かに。偵察のように外から中をジロジロと覗くだけで、コンビニの中には入らないなんて気味が悪い。
そう思ったと同時に、人影の横顔が灯りの下に晒された。
──ドクン、……と俺の心臓が大きく脈打つ。
自宅ではなくバイト先でその人物の顔を見るとは予想だにしていなくて、思わず息を呑んだ。
「──あ……っ! あ、あれは……っ」
「何だよ、七海、どうした……」
「ストーカー! あれ俺のストーカー!」
「何だと!?」
「うーわ……っ。あいつバイト先まで来てたんだ……。俺の家も知られてたくらいだし、そ、そりゃそうか……」
横顔がくっきりと見えた瞬間、あいつが電柱の影からジッと俺を見ていた湿っぽい視線を思い出して鳥肌が立った。
その時だけじゃない。
数多くの合コンに参加してきた俺が、お持ち帰りしてないあいつの顔を覚えてたって事は、よっぽどインパクトがあったんだ。
視線が異常過ぎて気持ち悪いからこっちを見るな。唇舐める癖やめろよ。
安定のウーロンハイを飲みながら、必死であいつからの視線を避けていた事まで鮮明に蘇ってくる。
まさかその飲み会以降、俺のストーカーとなったなんて驚きと気味悪さでいっぱいだけど、和彦がそれを知って教えてくれなかったら、今頃ほんとに貞操どころか命の危険すらあったかもしれない。
──嫌だ……。仕事に戻らなきゃなのに、車から降りられない。
「行ってくる」
「えっ!? い、行ってくるって……っ、ちょ、九条君!」
あいつどうしよう、と九条君の服を引っ張ると、俺が怯えてるのが伝わってしまったらしい。
九条君は眉間に皺を寄せて、勇んで車を降りて行った。
「ど、どうしよ……! 俺も行った方がいいのか……っ? でもあいつ気持ち悪いしな……!」
俺が姿を見せる事であいつの気が済めばいいけど、それだけで済むとは思えない。
……車を降りてった九条君が、奴に声を掛けた。
奴は振り向いて九条君を見上げると、ビク、と肩を揺らして逃げようとしたものの、九条君は逃がさないとばかりに奴の首根っこを掴み、暗がりへと連れて行く。
二人の姿がシルエットでしか確認出来なくなって、よく見えないながらも目を細めて俺は身を乗り出した。
その時だった。
──コンコン。
「七海さん」
「────っっ!!」
窓を叩く音と共に、別の意味でゾクッと背筋が寒くなる声がして、俺はホラー映画ばりに恐恐と視線だけを動かしてその姿を捉えた。
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