67 / 206
高鳴り
2
しおりを挟む和彦の家に住まわせてもらって早二週間。
お城の中の構造は未だ完璧には知らないけど、俺と和彦が向かい同士で住むこの三階の事はだいぶ分かってきた。
中央の螺旋階段で降りた方が絶対早いのに、和彦はいつもエレベーターを使う。
「行ってきます」と俺に微笑んだ和彦は、ピカピカしたゴツくて高そうな時計を左手首に装着し、下向き矢印を押す姿は確かに様にはなっていた。
あんなに喚いといて何だけど、後ろ姿なんか俺より完全に年上に見えたし。
まぁほんとに、見た目だけはスパダリなんだよな……。
中身は超変で甘やかし魔神で、おまけに人間不信(詳しくは知らない)で、大学に居る間はずっと、身分を知られたくないからと言ってマスクと眼鏡で変装している。
その身分とやらも、俺はまだ知らないんだけど。
和彦みたいに特殊な人は、どの漫画でも居なかったから対応の仕方が分からないよ。
「ねちっこいキスしやがって……」
バイトに行く準備のために、部屋で着替えをしながら俺は唇を尖らせた。
壁ふわされて、本日二度目のキスをされて、締めにほっぺたを撫でられてもジッとしてた俺って……何なんだろう。
イライラするんじゃなかったのか。
ずっとずっと大事にしていた何もかもを奪いやがった和彦に、ムカついてムカついてしょうがなかったんじゃないのか。
俺の気持ちを少しも顧みないで「変な奴」の限りを尽くしていて、当然俺は、和彦の顔なんか見たくないってそう思ってたはずなんだよ。
それなのに、イラつく元凶と毎日一緒に居て、普通に会話して、豪華過ぎる晩ご飯を振る舞われて、俺の言う事聞かないスタンスを貫かれてバイトも送迎されて。
果ては毎日恒例となったキスまで受け入れている。
仕掛けられるいやらしいキスをロクに抵抗もしないで、舌使いに翻弄されて和彦の体にもたれ掛かるなんて、冷静になればなるほど俺の矛盾が浮き彫りになった。
──俺……何やってんの。おかしいじゃん。
和彦からスマホを奪われて着信を切られて以来、めっきり連絡を寄越さなくなった九条君の台詞が蘇る。
九条君はあの時すでに俺に「矛盾してるぞ」と言っていた。
こうなる前から、九条君には俺のこの矛盾点が見えてたのか?
俺自身も分からない事を、九条君も、そして和彦も分かってるっての……?
「なんで自分で気付かないと意味が無いんだ。マジで訳が分かんない」
繰り返し言われるこの台詞にはもう飽き飽きだ。
俺に課された難問はいくら考えても解けないんだから、実は答えなんてないんじゃないのって、そんな極論にまで達している。
そう思わなきゃやってられないって。
イライラで重たかったはずの心が、和彦と居るとそんなに重たく感じなくなってる事には気付いてる。
──だからって、それが何だっていうんだ。
「七海様、どちらへ行かれるのですか」
螺旋階段で一階へ下りた俺に声を掛けてきたのは、能面のように表情が変わらない年輩のメイドさん(使用人って言い方はしたくない)だ。
熱出して和彦にここへ拉致られた時、脱走しようとした俺を震え上がらせたのが目の前のこの人である。
「あ、あー……コンビニに行こうかと……」
「何か必要なものがあるのならお申し付け下さい。七海様の事は、和彦様から目を離しませんようにと仰せつかっておりますもので」
「目を離しませんようにって……」
「何がご入用ですか。私がご用意致します」
「えっ? い、いや、……」
そんな……! どうしたらいいんだよっ。
玄関前でこんな怖い顔で通せんぼされたら、バイトに行けないじゃん!
適当に、おやつ買いに……なんて言ったら、ものの数分でキッチンから見た事もないようなデザートがどっさり運ばれてくるのは目に見えてる。
文房具とか本を見繕いに……という言い訳も考えたけど、言ったところでそれもすぐに用意されてしまいそうだ。
和彦の奴……俺がこの家から出られないようにしてたのかよ。
「七海様」
「…………っ! あ、え、っと、俺ちょっと行かなきゃいけないとこがあるんだ、ごめんなさい!」
「七海様!」
考えててもしょうがない。
俺は制止を振り切って、大理石の床を蹴った。
勢い良く外へ飛び出すと、玄関から門までがまた遠いから軽いジョギングをする羽目になって、バイトに行く前から早くも疲れた。
……あぁ、でも、ほんとにごめんなさい、能面メイドさん。
あなたが怒られないように、和彦には俺からちゃんと説明しとくから許して。
「てか俺が逃げるとでも思ってたの? 目を離さないようになんて……まるで見張りじゃん」
ぶつくさ言いながらのジョギングの甲斐あって、バスの時間には間に合った。
和彦のお城からバイト先までは、バスと電車を乗り継いで行かなきゃいけないから時間との勝負なのに……危なかった。
「お疲れー、芝浦。悪かったな、急に。助かるよ」
時間ギリギリになってしまったけど、俺が到着するや店長がそう言ってペットボトルのミルクティーを差し出してきた。
「全然。お互い様だし。入るの今日だけでいいんですか?」
「ひとまずな」
俺は明日もシフト入ってなかったし、いつでも代わりますよと告げると、店長は心なしか嬉しそうだった。
俺には少し大きめの制服を着て、タイムカードを引いて表へ出ると、慣れた手付きで商品を陳列していく。
この時間はそんなに客が来ないから、無心で品出しをしているとあっという間に0時を回った。
そろそろ和彦は謎の食事会から帰宅してる頃かな。
毎晩、律儀に「おやすみなさい」を言いに来る和彦に、俺の嘘がバレないようベッドをこんもりさせて細工して出て来た。
俺が寝てると分かったら起こそうとなんてしないはずだし、絶対バレない。……と、思う。
大丈夫だよな?と、よく分からない焦りを感じて腰を伸ばしたその時、大きな手のひらが俺の肩に触れた。
0
お気に入りに追加
661
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる