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接近者 ─和彦─
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しおりを挟む理解が追い付かない。
僕から無視されている、ポイ捨てされた、と七海さんは勘違いしていたのに、〝探してた〟って、……?
「どうしてですか?」
「…………ムカつくために」
「どういう事ですか」
頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになった。
人並みじゃないと自覚のある僕をこんなにパニックに陥らせるだなんて、七海さんの純情はどこまで奥深いのか。
表情を伺おうと覗き込んでいた僕を、突然顔を上げた七海さんがキッと睨んできた。
──え、えっ、……怒ったの?
睨んでいても可愛いから、僕は怖じ気付く事なくドキッと胸を高鳴らせた。
僕を探していた理由を聞きたいだけなんだけど、七海さんは僕に掴みかかる勢いで捲し立て始める。
「だ、だって、和彦が悪いんだからな! 俺を無視して話し掛けるなオーラ出して避けまくるから! エッチしてポイ捨てするなんて最低野郎だ!」
「えぇっ? 待ってください、先週もそう言っていましたが誤解ですよ。僕は無視していませんし、意図的に避けてもいません。ポイ捨てなんてもってのほか……っ」
「イライラを忘れないように、和彦の事探して、見付けて、この野郎! って思うのが日課だったんだよ! 毎日毎日イライラして気分悪かった! ぜんぶ和彦のせいだ!」
僕の肩口を握り締めて、可愛い顔をくしゃくしゃにして今にも泣いてしまいそうに瞳を潤ませている。
興奮してしまい、息も上がって僕を睨むその視線がまさに「分かんない」を訴えていた。
──七海さん……。
探してたって、そういう事なの……?
それを今、どんな気持ちで僕に言っているの……?
本当に気付いてないの?
僕を見てイライラして、最低野郎だって思っていたのなら、わざわざ日課になるほど毎日僕の事を探すわけないじゃない。
──あ……。
そうだ、思い出した。
講義で七海さんが僕の隣に滑り込んできたあの日以降、やたらと大学構内で七海さんを目撃していた。
目撃する度に、おかしいと思っていた。
運命は悪戯だ、残酷だ、忘れさせてくれないなんてと悲観していたけれど、……違った。
あれは運命なんかじゃない。
七海さんが僕を探してウロウロしてたからだったんだ……。
「分かりました、分かりましたから落ち着いて下さい。……ここまで自分で言っといて気付かないものなのかな……」
七海さんを強く抱き締めて、珍しく抵抗しようとする体をぎゅっと胸に押さえつけた。
どうして気付かないの。
そんなに僕に囚われていて、どうして。
初めてを奪ったのが僕じゃなかったら、七海さんはこんな風になってた……?
そう簡単に「恋」はやってこないでしょう……?
七海さんも、僕と同じだったんじゃないの…?…
僕をその瞳に捉えた瞬間から、それはもう始まっていたんじゃないの……?
七海さんの訴えによって、僕の想いはまたしても大きくなった。
そして、確信に変わった。
最悪な出会いと、最低なきっかけを作ってしまった事で、七海さんの理想とする恋からかけ離れたところへ僕が連れて行ってしまった。 けれどそれは、紛れもなく「恋」だ。
七海さんは無意識に恋をしている。
夢描いていた美しいものではないかもしれないけれど、僕に心を囚われて、僕を追い掛けた七海さんの行動は、気になる人を視界に収めたいとの思いからくる恋煩いだ。
金髪に近い柔らかな髪を撫でながら、僕は思った。
深く深く後悔はしていても、もう己を責める必要はない、と。
自責の念に駆られている暇があったら、七海さんの「恋」を目覚めさせてあげる努力を、僕がしなければ、と。
「何だよ! 何か言った!?」
「言いましたけど、言ってません」
まだ、怒った顔をしている。
この期に及んで、自分が何を言ったのかも、それをどういう意味で僕に語ったのかも、「分かんない」で。
「意味分かんな……ちょっ! 和彦!」
七海さんを抱き抱えてくるりと体の向きを変え、ベッドに押し倒した。
暴れても逃げ出せないように両腕を押さえ付けると、怒った顔だったのが一瞬にして緊張の面持ちになる。
──可愛い。……可愛いけれど、大変だ。
僕のせいで理想がねじ曲がったのは確かで、それを解すのは恐らく容易ではない。
どうしたらいいのか、分からない。
僕も初めての恋なんだよ。
繋ぎ止めておきたいけれど、強引な態度を見せたら今度こそ本当に嫌われてしまう。
だから……優しくしたい。
優しくしてあげたい。
でもそのやり方が分からないんだよ。
僕は人並みじゃないから。普通じゃないから。──変だから。
「……っ、和彦っ、腕痛い……っ」
「ごめんなさい、七海さん。僕も分からないよ。七海さんの事が好きなのに、どうすれば七海さんの心を溶かせるのか分からない……。僕はおかしいから、他人の気持ちが分からないから、……。 七海さんの気持ちは分かってるのに、やり方が分からない……」
「え……っ? ちょ、和彦……! 泣きたいのは俺の方なんだけど! 痛いんだってば……っ」
「ねぇ七海さん、教えて下さい。 どうすれば僕は、七海さんに優しく出来ますか…?」
「や、優しくって……」
「七海さんは優しい。 七海さんを見ていると温かい気持ちになるんです。 それはどうやってるんですか……? 僕も優しくなりたいです。 七海さんに、優しくしたいです」
僕の可愛い無意識なストーカーは、その時すでに完全に抵抗をやめていた。
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