53 / 206
意味
3
しおりを挟む「えぇ!?」
何故かこの車のカーナビには俺の住所が登録されていて、後藤さんの驚愕の声は、案内する事なくスムーズに俺の自宅前に到着してからすぐの事だった。
運転席から振り返ってきた後藤さんの表情は、いつもの穏やかさとはかけ離れていた。
ドアに手を掛けた俺も思わず驚いてしまうくらい目を見開かれて、慌てて顔の前で手を振る。
「今時そんな珍しい事じゃないんで大丈夫ですよ! でも、和彦には絶対に言わないで下さいね。余計な心配増やしたくないし、……俺がどうしようが和彦には関係ない事だし。それに俺、田舎育ちなんであんまり危機感もないんですよ」
「そ、そうは仰いましても、聞いてしまった以上は……!」
「いいんです、マジで! 和彦には言わないで下さい。てか誰にも言ってないんで……。男が男にストーカーされるとか、あんま言いたくないし……引っ越しすんのも勿体無くて。今はまだ気持ち悪いけど、長いこと無人だって分かれば、秋くらいにはストーカーも諦めてくれるんじゃないかと踏んでます」
「……七海様……」
努めて明るく言ったつもりなんだけど、後藤さんの眉がハの字になってしまった。
赤の他人である俺にも、相当に心配してくれていると分かる。
言わなきゃ良かったかな……。
余計な事喋らないで、ささっと降りてしまえば済んだのに……失敗した。
同情を買うような真似はしたくなかったから、和彦にはバラさないでと念押しだけしとこう。
「絶対絶対、言わないで下さいね。……送ってくれて、ありがとうございました」
素早く車を降りてドアを閉め、まだハの字眉のまま俺を見ていた後藤さんに一度頭を下げた。
それから身を隠すように、小走りで自宅の中へと入る。
玄関を開けた瞬間、むわっとしたこもった熱気を全身に浴びた。
「うわ、暑っ……」
クーラーのスイッチを押してもしばらく部屋の中は冷えないだろうから、俺は支度の前にシャワーを浴びる事にした。
狭い部屋だから十五分もあればまぁまぁ冷えてきて、早速明日と明後日の分の着替えを用意する。
ノートパソコンも参考書も教科書も入ったリュックに、着替えだけはコインロッカーに入れられるように別袋に入れてギュッと押し込んだ。
「…ん、しょっ……と! はぁ、あと二ヶ月もこの生活かぁ……」
二日に一回くらいしかここに戻らない、ましてや滞在時間は一時間もないこの家が、すでに自分の家じゃないみたいな気がしてきた。
生活感だけ残した無人の家に家賃を払うのも勿体無いけど、今さら引き払って別の家に引っ越すっていうのもまたお金が掛かるから、苦肉の策で俺はネットカフェ難民なんだ。
今月からマジで今より切り詰めないと、バイト代だけじゃ生活出来ないかもしれない。
父さんには学費を出してもらってるから、それ以上は甘えたくないって俺から言い出したんだけど……週三の深夜のコンビニバイトだけだとこの二重生活は恐らく凌げない。
くそぉ……あの気持ち悪い男がストーカーなんてしてこなきゃ、あと半年ちょっとの大学生活も無事に終わりを迎えられたのに……。
俺の平和だった日常は壊されるし、毎日寝不足だし、出費はかさむし。
──心はずっと重たいままだし。
ほんと……良い事ない。
ネットカフェ難民を決めた日から切り詰め始めてた俺は、お昼もそんなに食べないようにしてたから、和彦と会ったあのランチの日は若干無理してたんだ。
和彦が来るって山本から聞いて知ってた、……だから、行った。
「あの日は帰っちゃってごめんなさい」と謝ってくるのか、それともマイペースに「お元気でした?」と空気の読めない和彦らしく俺をイラッとさせるのか、どっちなんだろって俺はドキドキしていた。
どのパターンがきてもいいように色々回答を考えてたのに、結局あの日も和彦は目を合わせてくれなかった。
何も知らないらしい和彦の冷やしうどんを仕上げてあげたかと思うと、たまにむせながら急いでうどんを食べ終えた和彦は、すぐに俺に背を向けた。
「…………」
嫌だった。許せないって思った。
あれだけ……あれだけ、しつこいくらい俺に好意を寄せてる素振りを見せといて、なんでそんな態度が出来るんだよって。
『あーあぁ、マスクしてねぇから注目浴びちゃって』
『あいつあれで変装してるつもりなのか?』
『そうだ。俺は大学からしか和彦の事知らなかったんだけど、聞いた話じゃ中学高校と嫌な思いしてきたらしいぜ。まぁ……軽い人間不信だな』
占部がやれやれ顔で呟いて山本と何気ない会話をし始めたのを、俺はオムライスを口に運びながら聞いていた。
『和彦の実家って相当な金持ちだろ? しかもあの見た目で頭もいいなら、嫌な思いなんかする事なくね?』
『……さぁ、詳しく話したがらないから俺もよく知らねぇ。すげぇ他人と距離取る奴だなーとは思う』
『距離? なんで?』
『だから知らねぇって。和彦って近寄りがたそーだけど、慣れると普通に良い奴なんだ。金持ちなの鼻にかけねぇし……。たまにぶっ飛んでるけどな。ま、それもガチだから許せるっつーか』
二人の会話は、俺の食欲を失くさせた。
和彦が人間不信だって……?
あの和彦が……?
0
お気に入りに追加
661
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる