優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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 かっこよくて、優しくて、俺の事を好きでいてくれて、なんなら甘やかしていっぱい愛してくれて、仕事をバリバリこなして、絶対に浮気しない男の人ってどこに居るんだろう。

 何かあったらすぐに飛んで駆け付けてくれる、俺だけの恋人……。

 そんな人に、いつか出会えるのかな。

 ──出会えるわけないか。

 男女のカップルでも半数以上が別れてしまう世の中だ。

 男同士で、しかも田舎から出て来て無理して都会人ぶってる俺を本気で愛してくれる人なんか、現れるわけない。

 おまけに俺は夢見がちだ。

 直感を信じる古くさいとこもあるし、漫画の中でキラキラな人達を見てきたから、相手への理想も高いと思う。

 スパダリ……っていうんだっけ。

 そんな人は、都会に行けばいっぱい居そうだから……もしかしたら出会えるかも。

 付き合う事は出来なくても、恋をする事は出来るかも。

 俺は地元で恋をする勇気なんて無かったし、知らない人だらけのこの地だったら理想の人を追い掛けてみてもいいよなって、俺は夢見ていた。

 こだわり続けた「初めて」を、和彦から知らない間に、しかも勘違いされたまま奪われた事が許せない。

 でも……その許せないには別の意味があるなんて、ほんとに難問過ぎる。

 難しいというか、意味が分からない。

 一生、この難問は解けないかもしれないな。

 たとえ、この難問の正解を教えてと九条君に聞いてみても、「自分で考えろ」って言われるのがオチだ。

 和彦の事は許せない。「許せない」に、違いなんてないように思えるんだけど。





「……後藤さん遅くなってごめ……わっ、……っ? えっ、えっ…!? な、なんで七海さんが居るのっ?」
「おかえりなさいませ、和彦様」


 いつの間にか俺は、後部座席に横になっていた。

 足元の方のドアが開いた気配と、車内に流れ込んでくる蒸し暑い風、それと……驚きに満ちた和彦の声で、俺の意識は夢から覚めた。

 けど、どうしよう……気まずくて起きられない。

 自分が堕ちた事にも気付かないで、和彦が戻ってくるまで呑気に寝ちゃってたらしい俺は、意識はあっても目は開けられなくて寝たフリを決め込んだ。

 なんで咄嗟にそんな事をしたのか、──分からない。


「…………寝てるの?」
「はい。そろそろ起こして差し上げなければと思っていたところで……」
「い、いや、いいよ。寝かせてあげて。僕が助手席に乗ればいい」
「ですがこのままにしておくわけには……」
「いいの。あ、でも……」
「七海様、ご自宅には帰られていないんでしたっけ?」
「知らない……九条さんの家に泊まってるんだとしたら、……どうしようかな……」


 俺がここで和彦の座る場所を奪ってるせいで助手席へ行くって言ってたのに、和彦はなかなかドアを閉めない。

 車内に容赦なく熱気が入ってくる。生温くて、時折熱いくらいの熱気が。

 和彦は何かをボソボソと呟いて、それから、後部座席に乗る事を選んだ。


「おや、後ろに乗られるのですか。乗れますか?」
「うん。七海さん首痛そうだから抱っこしてあげる。……起きちゃうかな……よいしょっと……」


 和彦は、寝たフリをしている俺の体を抱き上げて、膝の上に乗せて、和彦の胸に俺の上体と頭を寄りかからせてから、やっとドアを閉めた。

 こんな……こんな恥ずかしい格好させられたら、寝たフリから一生起きられないじゃん。

 前みたいに後ろ向きにテディベアしてくれたらまだ良かったのに、今日は対面しちゃってるから、たぶん見上げたらすぐそこに和彦の顔がある。


 ──あ……和彦の心臓の音が聞こえる。


 ゆっくりだった心臓の鼓動が、徐々に早くなってきた。

 俺の頭を撫で始めたのとそれは、ほぼ同時だった。

 外はあれだけ暑かったのに、なんでこんなに和彦のシャツはサラッとしてるんだ? 汗かかないの?

 ……香水みたいな、いいにおいもする。

 俺より二つも歳下のくせに、生意気なくらい大人なにおいを漂わせている。

 俺のほっぺたが和彦の体温をシャツ越しに感じるくらい密着していたけど、「嫌だ」とは思わなかった。

 代わりに。

 なんで、俺の「初めて」を奪ったくせに一ヶ月以上もほったらかしやがったんだって、思った。

 今すぐ寝たフリをやめて、ランチの時に占部から聞いた和彦像と、俺の前で見せていた和彦像の違いを説明しろって、怒鳴ってやりたかった。

 和彦は絶えず頭を撫でてくる。

 後藤さんから「和彦様」と呼ばれても、やめなかった。


「……和彦様、お顔を引き締めませんと」
「え、何?」
「頬がゆるんでおられます」
「ほんとに? そっか……でもしょうがないよ。可愛いんだから。ずっと……触りたかったんだから……」


 …………それ、ほんとかよ。

 まだそんな事言ってんの。

 ──避けてたくせに。

 俺の隣でご飯食べるのなんか気まずくて無理だって、そそくさとランチの場からも逃げたくせに。

 小銭くれた時も、一度も目を合わさないまま十秒で俺の前から逃げたくせに。

 俺はその態度が許せなくて、体力ないのに毎日和彦の姿を見るために大学内を走り回ったんだぞ。

 変装したインテリみたいな和彦の姿を見つけたら、「今日もムカつく」と順調に怒りを募らせていった俺のそもそもの執念の根源は、和彦が俺の「初めて」を奪った事から始まってるんだからな。

 寝不足でめまいが頻発するのも、体と心が重たいのも、ぜんぶ、ぜんぶ、和彦のせいなんだからな。




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