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本心
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しおりを挟むもう、それ以上は聞けなかった。
俺に好意を持ってくれて、告白までしてくれた九条君に、俺は赤裸々に話し過ぎた。
何度となく溜め息を吐く九条君の表情……それは怒らせたというより、俺が考えなしにベラベラ喋ったせいで落ち込ませてしまったと言えた。
『九条君、……ごめん、……ごめん……』
『嘘だよ、怒ってねぇから。そんな顔すんなよ……悪かったって』
『いや、俺も……無神経過ぎた。ごめん……』
『その「ごめん」って、俺の告白の返事も兼ねてない?』
『え──っ!? い、いや、そんな事……ある、かもしれない……』
俺を好きになってくれたのは嬉しいけど、どれだけ告白を重ねられてもきっと、九条君をそういう目で見る日はこない。
──何かが違うから。
一年前、酔っ払った九条君から最初の告白を受けた時に直感した、「この人じゃない」。
直感なんかあるわけない、好意を持たれたら誰でも嬉しいだろ、てか漫画の読み過ぎだろ、って他人は笑うのかもしれない。
俺だってそう。
応えない自分にビンタしてやりたいくらい、九条君は見た目はもちろん人としても魅力的な男だ。
何しろ俺は、探してたんだから。
九条君みたいに、俺を想ってくれる人と出会って自然と恋に落ちる……普通の恋愛をしてみたいって、思い描いた通りの夢が叶いそうなのに、俺の心は「何かが違う」と拒んでいた。
その「何か」って何? ……と聞かれても、すぐには答えられない。
──九条君に恋をするイメージがまったく湧かない。好きになれない。キスは出来ない。セックスはもっと無理だ。
「何か」が邪魔をして拒む理由は、いくらも見付かるのに。
『……ごめん……』
もしも三度目の告白があったら俺も九条君もツラいだけだから、ここはきっぱり断っておかないといけない。
こういう時、どんな顔をしたらいいのか分からなかった。
雰囲気や酔いに呑まれてじゃなく、真剣な告白をしてくれたのは、九条君が初めてだった。
でも……友達だって思ってたから、すごくツラい。
和彦の言ってた「無意識」「魔性」という言葉が身に沁みた。
自覚なんて無かったんだ。
九条君が一年も俺を想っていてくれて、告白してくれるほどの事をした自覚が俺には……ない。
『……なぁ七海、俺さ、男だからとか女だからとか関係ねぇと思うんだよ。七海がやたらと飲み会に行く理由も分かったし、だったら尚さらあいつの事許しちゃいけねぇと思う。ハラスメントと一緒で、相手が嫌だと思った瞬間にそれは罪になるんだ』
『だから許せないって言ってるじゃん……嫌いって。何も矛盾してないよ』
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だけど、なんかイラついた。
和彦は変わってるし、強引だし、人の話聞かないし、脳内お花畑なんじゃないのってくらい自分に都合の良いように解釈するし、熱出した俺にステーキ出してくるし、ポカリは口移しだったし……そうかと思えば一切の手出しをやめて寝ずに看病してくれたり、ほんと……究極に変な奴だよ。
それに、俺の「初めて」を奪いやがった優しい顔した獣、……狼だ。
そんな和彦の事を悪く言うのは、俺だけでいい。
当事者である俺だけで。
『はぁ……。七海は変わってるって事と、俺ん家には来ないって事だけは分かった』
『俺は変わってない。変わってんのは和彦。九条君の気持ちはありがたいけど、家には……行けないよ』
九条君が立ち上がったのを、俺は視線だけで追い掛けた。
ストーカーは恐怖だけど、対策すれば多分何とかなる。
でも九条君との関係は何とかならない。
万が一が起きないように、友達のままで居たいがために厚意を拒否した俺は、自分が身勝手だと分かっていた。
『マジで悪かった。あいつに姫抱きされてる七海見てたらなんか焦って。いきなりキス迫ったの、本気で悪かったって反省してる』
『いいよ、もう。マジな告白してくれたの、……九条君が初めてだった。応えられないけど……嬉しかった。……ありがとう』
『ふぅん? 七海への告白は俺が「初めて」か』
『うん……』
言いながら、真っ直ぐに九条君を見上げた。
俺からハッキリキッパリ断られてしまったのに、九条君は何だか毅然としているように見えた。
『七海は変わってるな。絶対俺の方がまともだと思うのに。変な奴』
『えぇ? やめてよ、俺に変な奴って言うの。俺は変わってないって』
『ドアチェーン掛けとけよ。あと、スマホは絶対握って寝ろ。何かあった後じゃ遅いんだからな、あいつの時みたいに』
うん、と俺が返事をする前に、九条君はさっさと玄関を出て行ってしまった。
外から『早く』と急かす声がしたから慌ててドアチェーンを掛けて、部屋は灯りを付けたままにした。
俺まだ起きてるよ、ピッキングしに来たら即警察に通報するからマズイよ、ストーカーにそんなアピールをするためだ。
ベッドに入って、九条君に言われた通りにスマホをぎゅっと握る。
何で、男同士でも強姦が成立するのか、なんて聞いちゃったんだろ……。
俺は何を教えてほしかったんだ。
頭が良い九条君に、何と言ってほしかったんだ。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、「なんで帰るんだよ!」と和彦の背中を追い掛けたくなってしまった、その理由を九条君は教えてくれなかった。
──当たり前だ。
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