優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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本心

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 和彦とのセックスは、俺の同意がなかった。

 これは間違いなく、感情論だけじゃなく実際の罪になる。

 でも俺はそんな……そんな、激しい抵抗なんてしなかった。

 事態を把握して湧き上がってきたのは、なんでこんな事になってるんだという焦りと困惑。その次に、猛烈な苛立ち。 

 あとは……初対面のよく知りもしない男から「初めて」を奪われた、絶望──。

 ひどい、嫌だ、やめて、触るな。

 俺は確かに言った。

 覆い被さっていた和彦の肩を、押し退けようともした。

 けれど、俺の腕を取った和彦は優しく雄々しく微笑んだあと、そっと手の甲に口付けてきた。

 言葉ではいくつも拒否していたけど、俺を経験豊富だと勘違いしていた和彦から、意地悪な囁きを受けながら激しく揺さぶられても、俺はぶん殴ったりしなかった。

 その考えに及ばなかった。

 感じている、求めていると思われるのが嫌で、和彦の腰に足を絡ませないようにしていたのは半ばやせ我慢だった。

 何故そんな、する必要のない我慢をしたのか。

 男だから快楽に流されただけ、と言われてしまえば納得してしまう恐れもあるくらい理解不能で、俺はその答えが見付からない事にもめちゃくちゃムカついていた。

 あの時の自らの拒否の台詞には真実味が無く、状況に憤ったその苛立ちさえ興奮に繋がっていた気すらして、信じがたい気持ちでいっぱいだった。


『やめてって思ったし、実際何回も言ったけど、俺は完全には抵抗しなかった。……その場合はどうなるの』
『……いや、七海とあいつは明らかな体格差あるだろ。押さえつけられて逃げられなかったんなら、それは罪に……』
『背中に腕回した。途中からの記憶は定かじゃないんだけど、最後の方はやめてって言わなかったと思う。終わってからは、ムカつきまくってイライラもしてた。でも警察に駆け込む事はしなかった』
『それはそうだろ。直後に警察駆け込むなんて余裕が七海には無かっただけだ。っつーか話が生々しくて今の俺にはキツいんだけど……』


 行くぞ、と立ち上がっていた九条君は、俺が膝を抱えて丸まったままだから、苦笑を浮かべて力無くラグの上に座り直した。

 ……そうだよ、そうだよね。

 俺を好きだって言ってくれた相手にする話じゃなかった。

 早くも自分を見失いかけている事に気付いて、俺はまたしても何を言ってるんだと盛大に反省した。


『ご、ごめん……っ』
『なぁ、七海は許せねぇんだろ? あいつに報復をって思ってんなら、訴えりゃいいじゃん。たぶんそうなると弁護士やら検事やらに根掘り葉掘り聞かれるから、現場思い出させて七海にもちょっと可哀想な思いさせちまうけど、許せねぇんなら……』
『報復なんて……っ、そんな事は考えてない! ただ、俺の気持ち無視して何も分かんないまま勝手に奪われてた事がムカつくってだけ!』


 事情を知った九条君は、もう俺の弁護人みたいになっていた。

 考えてもみなかった「報復」なんて聞き慣れない言葉は、絶対に相応しくない。

 じゃあ何を聞きたかったんだ。

 俺はそうまでして、何を九条君に教えてもらいたかったんだ。


『分かったから落ち着け。よく分かんねぇんな。許せねぇなら、なんであいつを庇ったんだよ』
『……庇う?俺、和彦の事なんか庇ってないけど』


 俺が和彦を庇うなんてあり得ない。

 気持ち程度の丸テーブルに肘を付いた、九条君の眉間に皺が寄った。

 そんな不機嫌そうな顔をされても……何の事を言ってるのか分からないんだからしょうがないじゃん。

 真面目に否定した俺は、病み上がりの自身の体を擦った。

 肌寒さに耐え兼ねて、テーブル上のクーラーのリモコンに手を伸ばす。

 すると、その手を九条君にギュッと握られてしまった。


『……そんだけ初めてを大事にしてたんなら、ムカつくってだけじゃ収まんなくね? 風邪引いてたからにしろ、今の今まであいつの家に居たってのも信じらんねぇよ。七海、相当矛盾してんぞ』
『い、いや……だってそれは、和彦が無理やり……! 俺マジで熱あったから、指一本動かすのも億劫だったんだ。帰れって言っても帰らなかったし、それならもう何言っても無駄だなと思って好きにさせてたんだ』


 手を引き抜こうとしても、九条君は離してくれなかった。

 矛盾なんてしてない。

 俺は許せないって言った。

 マイペース過ぎる和彦に、語気荒く何度も「嫌い」って言った。

 俺の思いは一貫してるよ、矛盾してない。

 それでも九条君は納得してくれなくて、俺の手を握ったまま怖いくらい見詰めてきて、大きな溜め息を吐く。


『それが矛盾してるって言ってんだよ。ガチで嫌ならどんな手使ってでも抵抗するだろ。……俺には、七海の「許せない」がとても信じらんねぇ。七海が言ってるそれが本心だとしたら、許せないの意味が変わってくる』
『ど、どういう事……っ?』
『あのさぁ、俺、七海の事好きだっつったんだぞ? その俺に生々しい話聞かせてどういうつもりなんだよ』
『…………ッ!』


 苦々しく笑った九条君は、そう言うとやっと手を離してくれた。

 許せないの意味が変わってくる──?

 何だよそれ。

 本当に、マジで、九条君の言ってる意味が分からないんだけど。



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