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本心
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しおりを挟む腹が立つ。
許せない。
この約一ヶ月、こんな負の感情をずーっと抱き続けている俺は、自らの人間性が嫌いになってきた。
よくない思いを持ち続けると、心だけではなく次第に身体にも影響を及ぼす。
正体不明の何かが俺の心に留まっていて、最近たまに、すごく息苦しい。
黒い感情を抱えているから、そのせいでどっか悪くなったんじゃないかと思う。
俺は、中学、高校と現実から目を背けざるを得なかった。
悩む以前に誰にも打ち明けられない、ほんとは違うんじゃないかってどこかで否定しようとしていた……自分の性癖。
地元で俺がゲイだってバレたら、父さんに迷惑がかかる。
小さな田舎町じゃ、俺の噂が広まるのは一瞬だ。
父子家庭で育ててくれた父さんに迷惑はかけられない。
国語教師である父さんが仕事をクビになってしまわないため、近所の人達から後ろ指さされないため、友達からの好奇の目に晒されたくないため……。
それらの思いで、確信を得てからは大学でこっちに出て来るまでひたすら「普通」を演じていた。
現実的じゃないって分かってた俺は、青春のほとんどをネットの中の空想世界(……と、勉強)に費やし、夢を膨らませた。
『初恋っていいな。 俺もしてみたい』
男女の恋愛漫画や小説を読むと、自分が主人公になったみたいでワクワクして、心が踊った。
男同士の、嘘みたいに羨ましい漫画もたくさん読んだ。
その漫画を読んだおかけで、俺は「愛されたい側」の人間なんだって気付く事も出来た。
『男しか好きになれないけど、俺だってこんな出会い方をしてみたい。』
『やっぱり、初めての人は「この人!」って思える人じゃないと!』
……なんて。
容姿端麗で、文武両道に秀でていて、なぜかお金持ち設定が多かった、絵に描いたような完璧なタチの人には、いつ出会えるんだろう。
そんな夢を、ずっと持っていた。
俺と同じ嗜好の人と出会えるチャンスならいくらもあったよ。
でも俺は、甘酸っぱい初恋ものの漫画や小説が大好きでそればっかり読んでたからか、いつの間にか自分でも気が付かないくらいの乙女思考になっていたんだ。
だから──こんな、漫画で見たシーンを地でいってるこの状況は俺をひどく狼狽えさせた。
「七海さん……?」
意味もなく慌てまくって腕を振っている俺を、和彦が眼鏡を上げながらチラと伺ってきた。
足場がグラついてるのは分かってた。
でもあとちょっとであの本に届きそうだったんだ。
なんなら指先がちょんと触れて、あ、取れそう!と調子に乗って脚立の上でジャンプしたのがいけなかった。
──無謀過ぎた。
「あっ……いや、な、何でもない! 大丈夫、……大丈夫。……ありがと」
「ケガは? 痛いところ、ないですか?」
「ない、ないよ、ない……」
「良かったです」
……なんて言ってる和彦の表情は険しかった。
あの約三日間、しつこいくらい俺を構い倒していた和彦は、俺が「初めてだった」とぶっちゃけてしまった日からあからさまに距離を取ってきた。
ストーカーを追っ払ってくれた感謝も伝えてないのに何も言わずに帰ったし、大学内でたまたま会ってもわざとかってくらいよそよそしくて、すぐに俺から逃げていく。
──当然なんだけどね。
俺はそれを望んでたんだし。
許せないよ、そりゃ。
偶然の出会いにこだわり続けて、夢見ていた初恋も知らないまま、俺は大切に大切にしていた初めてを奪われたんだから。
何を言われたって許すつもりはないよ。
けど、そこまでして俺をお化けか何かみたいに避けまくらなくてもよくない?って、つい思ってしまった。
俺に会わせる顔がないってのも分かるし、俺が「許せない」「顔も見たくない」と言った事を実行に移してるだけなのかもしれないってのも、分かる。
それにしたって……。
「あ、あの……七海さん、……」
俺は和彦に馬乗りになったまま、静かに床を見詰めていた。
この一ヶ月、こいつのせいで心と体が重たい。
──ムカつく。
やっぱり、心の底から、……ムカつく。
「何だよ」
「うっ……その……、痛いところが無いのなら、そろそろ立って頂いて……」
「えっ……! あ……っ」
俺の顔を見ないようにしながら遠慮がちに言った和彦の腹の上に、俺はずっと乗っかったまま思いを巡らせていた事に気付いて、素早く立ち上がった。
「足、痛くないですか?」
「……足?」
「ジャンプ、してたでしょう? ……その時グキッてなったんじゃないかと……」
「……なってない。 痛くない」
恥ずかしい。
助けてくれただけじゃなく、脚立の上でジャンプしたのまで見られてたんだ……。
「大丈夫ですかー!?」
和彦が、倒れてしまった脚立を起こしてくれていると、階段の方から職員が小走りで駆けてきていた。
それを横目に確認すると、俺は和彦の鞄を拾ってすぐに手渡す。
「……大怪我しなくて済んだ。……ありがと」
「いえ、僕は通り掛かっただけですから……。余計な事してすみません」
「いや、余計な事なんかじゃ……」
「それでは……」
鞄を受け取った和彦は、硬い表情で俺の事を少しも見ないまま奥の経済・経営学コーナーへと歩いて行った。
……何だか、背中が泣いているように見えたんだけど、……気のせいだよな。
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