優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
46 / 206
本心

しおりを挟む



 腹が立つ。

 許せない。

 この約一ヶ月、こんな負の感情をずーっと抱き続けている俺は、自らの人間性が嫌いになってきた。

 よくない思いを持ち続けると、心だけではなく次第に身体にも影響を及ぼす。

 正体不明の何かが俺の心に留まっていて、最近たまに、すごく息苦しい。

 黒い感情を抱えているから、そのせいでどっか悪くなったんじゃないかと思う。

 俺は、中学、高校と現実から目を背けざるを得なかった。

 悩む以前に誰にも打ち明けられない、ほんとは違うんじゃないかってどこかで否定しようとしていた……自分の性癖。

 地元で俺がゲイだってバレたら、父さんに迷惑がかかる。

 小さな田舎町じゃ、俺の噂が広まるのは一瞬だ。

 父子家庭で育ててくれた父さんに迷惑はかけられない。

 国語教師である父さんが仕事をクビになってしまわないため、近所の人達から後ろ指さされないため、友達からの好奇の目に晒されたくないため……。

 それらの思いで、確信を得てからは大学でこっちに出て来るまでひたすら「普通」を演じていた。

 現実的じゃないって分かってた俺は、青春のほとんどをネットの中の空想世界(……と、勉強)に費やし、夢を膨らませた。


 『初恋っていいな。 俺もしてみたい』


 男女の恋愛漫画や小説を読むと、自分が主人公になったみたいでワクワクして、心が踊った。

 男同士の、嘘みたいに羨ましい漫画もたくさん読んだ。

 その漫画を読んだおかけで、俺は「愛されたい側」の人間なんだって気付く事も出来た。

 『男しか好きになれないけど、俺だってこんな出会い方をしてみたい。』

 『やっぱり、初めての人は「この人!」って思える人じゃないと!』

 ……なんて。

 容姿端麗で、文武両道に秀でていて、なぜかお金持ち設定が多かった、絵に描いたような完璧なタチの人には、いつ出会えるんだろう。

 そんな夢を、ずっと持っていた。

 俺と同じ嗜好の人と出会えるチャンスならいくらもあったよ。

 でも俺は、甘酸っぱい初恋ものの漫画や小説が大好きでそればっかり読んでたからか、いつの間にか自分でも気が付かないくらいの乙女思考になっていたんだ。

 だから──こんな、漫画で見たシーンを地でいってるこの状況は俺をひどく狼狽えさせた。


「七海さん……?」


 意味もなく慌てまくって腕を振っている俺を、和彦が眼鏡を上げながらチラと伺ってきた。

 足場がグラついてるのは分かってた。

 でもあとちょっとであの本に届きそうだったんだ。

 なんなら指先がちょんと触れて、あ、取れそう!と調子に乗って脚立の上でジャンプしたのがいけなかった。

 ──無謀過ぎた。


「あっ……いや、な、何でもない!  大丈夫、……大丈夫。……ありがと」
「ケガは? 痛いところ、ないですか?」
「ない、ないよ、ない……」
「良かったです」


 ……なんて言ってる和彦の表情は険しかった。

 あの約三日間、しつこいくらい俺を構い倒していた和彦は、俺が「初めてだった」とぶっちゃけてしまった日からあからさまに距離を取ってきた。

 ストーカーを追っ払ってくれた感謝も伝えてないのに何も言わずに帰ったし、大学内でたまたま会ってもわざとかってくらいよそよそしくて、すぐに俺から逃げていく。

 ──当然なんだけどね。

 俺はそれを望んでたんだし。

 許せないよ、そりゃ。

 偶然の出会いにこだわり続けて、夢見ていた初恋も知らないまま、俺は大切に大切にしていた初めてを奪われたんだから。

 何を言われたって許すつもりはないよ。

 けど、そこまでして俺をお化けか何かみたいに避けまくらなくてもよくない?って、つい思ってしまった。

 俺に会わせる顔がないってのも分かるし、俺が「許せない」「顔も見たくない」と言った事を実行に移してるだけなのかもしれないってのも、分かる。

 それにしたって……。


「あ、あの……七海さん、……」


 俺は和彦に馬乗りになったまま、静かに床を見詰めていた。

 この一ヶ月、こいつのせいで心と体が重たい。

 ──ムカつく。

 やっぱり、心の底から、……ムカつく。


「何だよ」
「うっ……その……、痛いところが無いのなら、そろそろ立って頂いて……」
「えっ……! あ……っ」


 俺の顔を見ないようにしながら遠慮がちに言った和彦の腹の上に、俺はずっと乗っかったまま思いを巡らせていた事に気付いて、素早く立ち上がった。


「足、痛くないですか?」
「……足?」
「ジャンプ、してたでしょう? ……その時グキッてなったんじゃないかと……」
「……なってない。 痛くない」


 恥ずかしい。

 助けてくれただけじゃなく、脚立の上でジャンプしたのまで見られてたんだ……。


「大丈夫ですかー!?」


 和彦が、倒れてしまった脚立を起こしてくれていると、階段の方から職員が小走りで駆けてきていた。

 それを横目に確認すると、俺は和彦の鞄を拾ってすぐに手渡す。


「……大怪我しなくて済んだ。……ありがと」
「いえ、僕は通り掛かっただけですから……。余計な事してすみません」
「いや、余計な事なんかじゃ……」
「それでは……」


 鞄を受け取った和彦は、硬い表情で俺の事を少しも見ないまま奥の経済・経営学コーナーへと歩いて行った。

 ……何だか、背中が泣いているように見えたんだけど、……気のせいだよな。



しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

処理中です...