優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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真実 ─和彦─

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 十円、足りないの?

 僕は急いでスラックスのポケットから財布を取り出した。

 この間コンビニでスポーツドリンクを買った時にお釣りで貰った小銭を、手のひらに全部出して立ち上がる。

 七海さんは金髪に近いくらい髪を染色しているから、可愛らしい容姿と小柄さも相まってかなり目を引く。

 明らかに困ってる様子の七海さんに、遠巻きに話し掛けようか迷っている生徒を確認すると、歩むスピードは自然と速まった。

 その時の僕は……無心だった。


「待って。はい、これ」
「えっ……? あ、っ……!」


 振り返って僕を見て驚く七海さんの腕を取り、小さな手のひらにジャラジャラと小銭を握らせる。


「使ってください。それじゃ……」
「え、ちょ、……っ」


 僕に気付いた七海さんが何か言う前に、すぐにその場を立ち去る。

 三日ぶりに見た七海さんは、今日もとっても可愛かった。

 驚いて目を丸くし、見上げてくるその瞳をまともに見れはしなかったけれど、姿を見られただけで満足だった。


「気前いいな。財布の中の小銭全部やるなんて」
「僕は使わないから」
「……たまにすげぇ事言うよな、和彦」
「どうして」


 電子マネーが使える今、僕は小銭を使わないから、それを必要としている人に全部あげただけ。

 ……困っていたのが七海さんじゃなかったら、気にも留めなかったかもしれないけれど。

 腰掛けてすぐに、僕はコーヒーを飲んだ。

 突然の七海さんとの接触にまだ心臓が弾んでいて、ドキドキが治まらない。


「マジで和彦が芝浦七海を連れて帰った時は、さすがだと思ったぜ!」
「もういいよ、その話は……」
「あんな風邪薬半量じゃ堕ちるわけねぇじゃん? どうしたんだって気になってたんだよな」
「…………っ?」


 トーストを食べ終えて、プラスチック製のフォークでサラダを口に運ぶ占部さんが、さも不思議そうに首を傾げた。

 今、占部さんは何て……?

 風邪薬半分量じゃ、堕ちるわけない、……?

 どういう事かと二の句を待っていると、サラダをあっという間に平らげて手を合わせている。


「ごちそうさん。……今の風邪薬って眠気起こさねぇように出来てるもんもあるくらいだから、ましてや半量で寝かせるなんて事はあり得ねぇはずなんだよ。ちょっと眠いなーくらいで、あとは酒の力借りて寝かせろって意味で渡したんだ」
「………………」
「だからあの時、和彦は例の媚薬使ったんじゃねぇかと俺は……」
「そんな事してない!」


 先輩達との会話で媚薬はタブーなんだって分かったから、僕はあの日居酒屋に行く前にもう使わないと決めてそれは捨てちゃったんだ。

 風邪薬なんかで本当に眠気を起こせるの? と訝しみながら、七海さんに魅了された僕は実行に移してみたものの、占部さんの言う事が本当ならあれはどう説明したらいいの。

 ホテルに運んでも、全裸に剥いても、中を解して挿入し、揺さぶり続けるまで七海さんは目を覚まさなかった。

 まるで酔い潰れたみたいに。


「は、マジ? じゃあなんで芝浦七海はあんな堕ち方したんだ?」
「………………」


 風邪薬を渡してきた占部さんも責任を感じているのか、腕を組んで首を捻っている。

 僕もポケットに手を突っ込んで、しばらく黙り込んだ。

 ほんの少量、しかも眠気を誘発するほどの効果は望めないそれで、二時間近くも意識を失くすなんて事があるのかな……?

 ……七海さんはウーロンハイを二杯、飲んだ。

 それだけで酔っ払ってしまうほど、お酒が弱い……?

 でも、ウーロンハイ二杯で酔っちゃうくらい弱かったら、山本さんも頻繁に七海さんを合コンには誘わない気がする。


「そういやあの日めちゃくちゃ混んでたよな、居酒屋」
「うん……そうだったね」
「しかも名前のプレートのとこに初心者マーク付けた新人店員が多かった」
「そうだった?」
「あぁ。芝浦七海は何飲んでた?」
「ウーロンハイ、二杯」
「なるほど。……焼酎の分量間違えたのかもしれないな」
「えぇ……っ? 店員さんが? そんな事があるの?」


 居酒屋に行き着けている占部さんは、冷静にその時の店内や店員さんの様子を見ていたようで、慎重に思い返している風だった。

 僕がしてしまった事は覆らないけれど、酒量を間違えて提供されたかもしれないというのがどうしても気になった。

 翌日の昼に七海さんの家に行った時、僕の事を嫌いだと叫んだ七海さんの声は枯れていた。

 セックスで喘いだからと言って、一時間程度であぁはならない。

 風邪のせいだとしても、変な枯れ方だった。


「芝浦七海は合コンに行き慣れてんだぜ? ウーロンハイ二杯くらいで酔い潰れて堕ちるほど弱くないだろ」
「そ、そうだよね」
「しかもウーロンハイってな、ウーロン茶少量でも若干色味付くから分量間違えてもそんな分かんねぇんだよ。店内バタついてて店員がパニクってたら尚さら」
「………………」
「そうなるとますます怪しい。訳分かんねぇ新人が作ったんだとしたら、焼酎じゃなくてウォッカ割りになってた可能性もある」
「ウォッカ!? 度数が全然違うよ!?」
「……テキーラ割りじゃなかった事を祈っとこう」
「………………」


 そんな事って………。

 まだ推測の域を出ないとしても、僕が妙だと感じていた事の辻褄が合った。

 よく寝てるなぁ、と七海さんの可愛い寝顔を見詰めていた僕の犯した罪は消えない。

 けれど、あの日から丸二日強制的に僕の家に居させた事は、七海さんは嫌がっていたけれど結果的には良かった。

 もしもウォッカ割りだったら、風邪症状どころじゃ済まなかったかもしれない。

 テキーラなんて、もってのほか。

 寝ずに七海さんの看病をした事が、期せずして功を奏していたとは……何とも皮肉だと、苦笑しか出てこなかった。




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