37 / 206
真実 ─和彦─
2
しおりを挟む膝を抱えて完全に丸くなってしまった七海さんを、僕は凝視した。
唇が震える。
七海さんから発せられた耳を疑う言葉に、僕の心臓が激しく脈打ち始めた。
「え……っ?」
「初めて? 七海、初めてだったのか? もしかして、……こいつが?」
「うん……」
僕と九条さんが同時に身を乗り出すと、七海さんは耳を赤らめて僅かに髪を揺らした。
「っ七海、さん……ほ、本当なの……っ?」
嘘でしょ、七海さん……!
丸くなった背中に触れようとしてやめた僕は、もう一度小さく頷いた七海さんを信じられない思いで見詰めた。
……それが本当なら、僕は償いきれない罪を犯し、……純粋なる一人の人間の心と体を……汚した。
「恋」をして、ドキドキする毎日を過ごし、この人ならと決意するまで守ってきた貞操を、僕が無残にも奪い取ってしまった。
七海さんは経験豊富だと勘違いしたまま、勝手に嫉妬し、勝手に手中に収めたいと狼狽し、独りよがりに七海さんを傷付けた。
──だから……だからあんなに怒っていたんだ。
大事にしてきた「初めて」を、好きでもない僕に奪われたから。
だから……。
「……あの噂、半分以上デタラメじゃねぇか」
「俺が悪いから……そんな噂流されるような事してきたのも事実、だし……」
「………………」
「………………」
七海さん、……七海さんは何も悪くない。
噂は本当に、ただの噂だったんだ。
よく分からない大きな間違いと共に流れていた、単なる噂。
こんなに純粋な気持ちを持った七海さんが、男漁りなんてするはずがない。
理由を聞いてやっと腑に落ちた。
七海さんは悲観しつつ合コンに参加していたんだ。
出会いを求める反面、好きになってくれる人や、七海さん自身が「好きだ」と思える人はこの中には居ないと諦めていたから、あんなにも切ない愛想笑いを浮かべていた──。
「七海さん……」
好きな人に出会ってみたい、恋をしてみたい、毎日が輝くという経験をしてみたい……そんな、清らかに「恋」を夢描いていた七海さんの気持ちを踏みにじった僕を、許せないのは当然だよ……。
「七海、信じらんねぇかもしれないけど、何もしないって誓うから俺ん家泊まれ。こいつとは別にガチのストーカーが居るんなら、ここに住むのは危険過ぎる」
「え……」
「こいつを毛嫌いしてた理由も分かったしな。そりゃ許せねぇよ。俺だって」
「…………九条君……」
ここに居るのは危険だと九条さんも分かってくれたみたいだけど、その提案に僕の口角は引き攣った。
どうやら九条さんは、告白した後にキスを迫ったらしいから、何もしないと言われても信じられないのか顔を上げた七海さんもひどく困惑している。
黙っていると、九条さんがふと僕を見た。
「運転手様がお待ちだぞ。お前は早く帰れ」
「で、でも僕は……」
「七海が怒ってる。悲しんでる。嫌がってるっつーより、七海はお前の事が許せねぇんだよ。言ってる意味は分かるよな?」
「………………」
分かってる、分かってるよ……!
僕が全部いけなかった。
七海さんの事を誤解したまま何もかもを自分本位に進めて、振り向いてくれるはずなんかないのに諦めない意思ばかり強くして。
謝っても謝っても、七海さんはきっと許してくれない。
キスをし慣れていない、体調が万全ではない七海さんを僕の家で抱くのは、さすがによくないと思って自制していた事だけが救いだ。
早くよくなってほしい。
七海さんが元気になったら、それから僕もエンジンを掛けよう、そう決めていたから。
──事情が変わり、予定が大幅に狂ってしまったけれど。
「……七海さんの事は九条さんに任せます。僕が口を出せる状況じゃなくなりました。行ってほしくないけど、……僕は何も言えない。 言うべきじゃない……」
僕は七海さんの顔を見る事が出来なかった。
隣から視線を感じたけれど、今までどうやってその瞳を見詰め返せていたのか分からない。
初めてを奪ってしまったその人に、僕は初めて恋をしていたんだと……今さら気付いて下唇を噛んだ。
0
お気に入りに追加
661
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる