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真実 ─和彦─
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しおりを挟む僕は、腰掛けたまま項垂れた。
怖い思いをさせてしまったのは、僕も同じなんだよね。
あの男を追い掛けている間、その後悔がずっと心を重たくさせていた。
七海さんの身が危ない、なんて、どの口が言ってるの。
僕もやりかねない。
捕まえた男が隠し持っていた鋭い工具を見付けた時、これで本当に鍵が開けられるのって問うてしまった僕は、九条さんの言うように「イカれて」いる。
「七海がこんだけ嫌がってんのに、それを無視して付きまとってんなら、お前もそのストーカーと変わんねぇじゃん」
「……く、九条君……やめ……っ」
「無理やり七海にキスしようとした俺も同罪なんだろうけど、お前は実際に手出したんだろ。どんな手使ったんだよ」
──言えない。言えるわけない。
七海さんの前で「風邪薬盛りました」なんて、言えないよ。
九条さんからのメッセージを見て激しく嫉妬して、早く僕のものにしなきゃって焦りから、寝てる七海さんの体を勝手に弄んだ事なんて……言えない。
「いい、九条君。やめて。俺がいけなかったんだ」
七海さんにキスを迫ろうとした九条さんは、僕を非難の目で見た後、ゆっくりと茶色のふわふわなラグの上に腰を下ろした。
項垂れた僕の隣で、まだ寒そうに自身を抱き締めている七海さんが静かに口を開く。
「……今まで俺は、自分の身を守ろうとするので頭がいっぱいで、相手の気持ちなんて何も考えてなかった。自分の事しか考えてなかったから、相手にどう見られてるかとか、どう思われてるかなんて考えもしなかったんだ。……なんで俺がストーカーされなきゃなんないのって一瞬思ったけど、……俺、無意識に思わせぶりな事してたんだ。九条君が今、俺に好きって言ってくれたのもそうだろ。勘違いさせてしまうような事を、俺がしちゃってたんだよ」
眉を寄せてどこか一点を見詰めている七海さんは、いつもより小さくなっている。
思いを吐露するそれは、僕達じゃなく自分自身に言っているように聞こえた。
七海さんが無意識に男をメロメロにしちゃうのは確かでも、「無意識」なら本当にどうしようも無い。
男を抱くなんて考えもしなかった、性の経験だけは恐らく人一倍ある僕でさえ引っかかってしまった魔性は、自覚がないからこそ魔性なんだ。
「七海、それは違う」
「違わないよ。変な噂が流れてるのも、そもそも俺が元凶なんだ。噂を信じたからって和彦の事だけを悪くは言えない。俺も、悪いと思う」
九条さんの否定に、七海さんは静かに首を振った。
いや、そんな事ない。
僕が悪いんだよ、七海さん。
結果的に嫌がられてるのは分かっているけど、七海さんを離してあげられないのは僕自身の気持ちの問題。
それなのに図らずも庇ってもらうなんて……情けない。
やった事の責任を取る前に、七海さんの言動を無視していた事を謝らなきゃいけないんだ、僕は。
「七海さん、それも違いますよ。何もかも僕が強引でした。……ごめんなさい。でもね、七海さん。……何か理由があったんでしょう? そうまでして合コンに参加していた理由が」
愛想笑いをしながらただ時間が過ぎるのを待ち、その日声を掛けてきた人と一夜を共にする。
それが自分を苦しめる事になるなんて思いもせず、七海さんは毎回……。
僕はその理由を知りたかった。
毎回違う人とセックスしていたなんて考えたくもないけど、今現在明らかな後悔を滲ませた七海さんの本音を、聞いてみたかった。
「……俺はたぶん、恋をしてみたかったんだ。高校卒業まで我慢してきた分だけ、出会いを求めてた。好みなんてまだ分かんないけど、純粋に、好きだって思える人に出会ってみたかった。男女の合コンでそんな人に出会えるはずないのにな……笑えるよ」
「………………」
「……七海さん……」
……横顔が悲しそうだった。
調べ上げた七海さんの個人情報の中の性的嗜好の欄に書かれていた、「同性愛者」という文字を思い出す。
地元はこっちじゃない。という事は、大学入学のタイミングでこの都会に出てきたという事だ。
少数派の恋愛は足枷が多いから、同類の者と出会う場は限られてくる。
大学と、週に何日かのコンビニのバイトだけじゃ、出会う確率なんてゼロに等しい。
となると七海さんは、同じ嗜好の者が集う飲み屋には行かなかったんだ。
その理由は分からないけれど、行かなくて正解だ。こんなにも可愛い七海さんを、誰も放っておくはずないもん。
僕が熱心にその横顔を見詰めていると、小さな両手が手遊びを始めた。
思わず、その手を取って絡ませてしまいたい衝動に駆られる。
……可愛い──。
高校を卒業するまで我慢していた「恋」を、この地で体験してみたかったなんて……。
「人を好きになるってどんな感じなんだろ、愛されると毎日が輝くってほんとなのって、夢みたいにそんな事考えてて。この人ならって思える人じゃないと嫌だったし、山本のメンツとか色々……思うとこもあって……。でも誰に誘われても体は許さなかった。……好きな人としたいってずっと守ってきたから。……初めてを」
…………え……?
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