優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
27 / 206
強制同居

しおりを挟む



 咳込んでしまった俺は、お姫様抱っこされて謎の黒い車に乗せられても、文句が言えなかった。

 喉が痛い。寒気もまだしてる。

 こんなの拉致じゃんって叫びたかった気持ちを抑えられたのは、車を運転している気の良さそうな五十代くらいのスーツを着た男性が、和彦を叱咤していたからだ。


「和彦様、病人を連れ出すのはどうかと思いますよ」
「しょうがないじゃない。緊急事態が発生したんだから。あの家に七海さんを住まわせてはおけない」
「……新しい住まいを探しますか」
「ううん、僕の家に住んでもらう。部屋はいくつも空いてるでしょ」
「……あのですね、和彦様。それは七海様の意見もきちんと伺ってからでないと……」
「いいですよね、七海さん」


 ニコ、と微笑んでくる和彦の顔は、またすぐにでもキスされてしまいそうなくらい間近にある。

 聞く耳を持たない和彦は、俺を膝の上に乗せたままだ。

 下ろせと言っても聞かない、俺は体力がなくてロクに抵抗も出来ない、最悪な状況が重なっていてとにかくだんまりを決め込んでいる。

 どこに連れてかれるのかと不安だったけど、この運転してる人はまともそうだからまだ救われた。


「和彦様、いつからそんなに強引で横暴なお考えの人間になられたのですか……」
「え? 僕は何も変わらないけど」
「おモテになられるのに、恋人を一人も作らないのはおかしいと思っておりました。ですが今日分かりました」
「なんか嫌な事言いそうだね、後藤さん」
「七海様の前では言いません。書面にて後藤の思いは綴らせて頂きます」
「そんな事、綴らないでよ」


 ……やっぱり俺だけじゃなかった。

 和彦は誰の目から見てもおかしいんだ。

 それを他人の口から聞けただけで、かなり俺の溜飲は下がる。

 最悪な出会いから一日、目まぐるしく俺は和彦の人となりを知らされてるけど、彼の長所はほんとに「顔」しかない。

 あとの和彦の印象は、俺の初めてを奪いやがった狼で、中身は究極に変な人……それだけ。

 ギュッと腰を持たれて背後から抱き締められて、下ろせという意味で和彦の膝の上でモゾモゾしていると、ふいにルームミラーから視線が飛んできた。


「七海様、わたくし和彦様の幼少時代より教育係兼お目付け役を担っております、後藤と申します。このような運転中の紹介になり、申し訳ございません」
「あ、えっ……はい、後藤、さん……」


 七海「様」、……和彦「様」……??

 現代社会でそんな敬称付けて呼ぶなんて、時代錯誤過ぎやしない?

 教育係、お目付け役、なんて言葉も、テレビの中でしか聞いた事がない。

 それになんで俺の名前も家も知ってるんだろ……後藤さん。

 不思議に思いながら、丁重に自己紹介をしてくれた後藤さんへ俺もルームミラー越しにペコ、と頭を下げておく。

 このまともそうな後藤さんを前に、俺はテディベアみたいに和彦の膝の上なのがほんとに失礼極まりない。

 頭が働かない上に現状に付いていけてない、俺の方こそ申し訳ないよ。

 俺は、帰らせてほしいと和彦を振り返る勇気も無く、普段からあれこれ考え込む質でもないし、体調不良を言い訳にひとまず流れに身を任せる事にした。

 和彦を叱咤していた後藤さんが居てくれるなら、悪いようにはならないだろ。


「お顔が赤いようですが、具合はいかがですか?」
「……え、あ……まだ……ちょっとしんどいです……」
「左様ですか。和彦様の自宅に居ますと担当医が数分で往診に来て頂けますから、その点は安心です」
「はぁ……」


 後藤さん、あなたの言葉は何となくすんなり聞き入れられるよ。

 背後からギュッと俺を抱き締めてくる、謎の狼よりはいくらも信頼出来そうだ。

 でも、でも、昨日から色んな事が起こり過ぎてて訳が分からないから、バカみたいに頷くだけでごめんなさい。


「七海さん……体熱いな……。明日も大学はお休みしないとですね」
「やだ……明日は行く」
「無理ですよ。こんな状態じゃ」


 そんな事言われても……。

 熱が下がんないのって、和彦と意味不明な会話してたからなんじゃないの。

 風邪と和彦を結び付けるなんて良くないけど、どうしても元凶はこいつにある気がしてならない。


「……これからどこに連れてかれるのかも知らないし、俺……帰りたい……」
「これから向かうのは僕の自宅です。七海さんの事が心配だから、一緒に居させてください」
「い、嫌っ! なんで俺が和彦の家に! 絶対イヤ!」
「七海さん。駄々こねても可愛いだけですからね。おとなしく言う事聞いて下さい」


 動けない体で、必死に嫌だアピールしたくて足をジタバタさせると、背後でクスッと笑われた。

 なんだよ可愛いって。

 俺の方が歳上なのに、「大人しくして」だなんて小さい子に言うみたいに。

 てか拉致しといてよく言うよ。


「七海様、風邪が完治するまでは和彦様の仰る通りに。少しばかり浮世離れしておられますが、和彦様は決して悪いお方ではありません。それだけはこの後藤が自信を持ってお伝えしておきます」
「……ぅぅ……後藤さん……」


 いやいや、悪い人じゃないとかそんなのは関係ないんだよ。

 俺の寝込みを襲った狼は、どう考えても俺にとっては危険人物なんだよ。

 でも……風邪が治るまでは、と後藤さんが言うなら、従っておくしかないか……。

 車に乗せられ、すでに走り始めてかなり経つ。

 そのたった数十分で、和彦よりも後藤さんの方に信頼を寄せている俺は、唇を尖らせて不満を滲ませながらそれ以上は何も言えなかった。

 心配だって言ってる和彦の言葉は嘘じゃないと思うし、たとえ家に連れ込まれても弱ってる俺をどうにかしたりはしないよね。

 「心配」してるんなら。




しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

処理中です...