25 / 206
初めての看病 ─和彦─
5
しおりを挟むコンビニで買い物くらいは僕にだって出来る。
誰あろう七海さんのためだから、お料理も、お洗濯も、お買い物も、初めて尽くしだけど僕は何だってしてあげたい。
罪の意識半分、愛情半分だ。
さっき七海さんが「甘ったるい優しい顔」って言ってくれた僕の容姿は自覚している。
でも僕自身は優しいなんて言われた事がない。
優しさを見せたい、優しくしたい、と思える相手に今まで出会わなかったせいだ。
そう考えると、いつもであればこの場に残しているはずの後藤さんを直帰させた事には、大きな意味があるはず。
七海さんを僕のものにしたいという気持ちは変わらないし、誰にも触れてほしくないという独占欲もしっかり感じていて、たった一晩の出会いがそうさせているのはいわば、巡り合わせなのだと結論付けた。
「お釣りいらないです」
「え、困ります」
「受け取った方がいいですか?」
「はい、もちろん……。お客様、一万円札でしたので……」
スポーツドリンクを十本買い、レジでこんな会話をして店員さんを困らせていると、僕がどれだけ世間からズレているのかが分かるな……。
だって難しいよ。
昨日乗ったタクシーではお釣りいらないって言ったら貰ってくれたのに、コンビニでは受け取って下さいと懇願されるなんて、……どう違うの。
財布の中に久しぶりに小銭が入った。
大学の構内も電子マネーが使えるようになっているからなぁ……。
「僕もたまには現金でお買い物しなきゃだね、カードばっかじゃダメだ」
財布を揺らし、ジャラジャラと懐かしい音を楽しんでるとこなんか見られたら、また七海さんに「和彦はおかしい」って言われちゃいそう。
七海さんにだったら何を言われても嬉しいんだけどね。
「……ん? ……あの人戻ってきたの……?」
両手にコンビニ袋を持った僕が七海さん宅へ戻ってみると、男の人影が玄関前をウロついていた。
もうこんな時間だから安堵していたのに、さっきの黒髪の男が戻ってきたんだろうか。
──また言い合いするの嫌だな。
僕もあの男も余裕がないせいで、すぐに静かな口喧嘩が始まる。
あぁいうところは七海さんに見られたくない。
ただでさえ体調の悪い七海さんの前で、僕らの低俗な言い合いなんか見せたらもっと熱が上がっちゃう。
今日は僕が看病してあげるんだって、胸を張って言ってやるべく近付いて行くと、……どうもあの男ではなさそうだった。
さっきの黒髪の男は、僕ほどではないけど容姿端麗で背も僕と同じくらいあった。
でもあの人は中肉中背で普通の背丈に見える。
「……え、違う人だ。何してるんだろ」
その人影は辺りをキョロキョロと気にした後、七海さんの家の玄関、主にノブの辺りに何かを差し込んで熱心にいじり始めた。
……ちょっと待って、あれは絶対よくない事してるよね……!?
「そこのあなた、何をしているんですか」
「──ひっ……!」
「待ちなさい!」
僕の声に驚いた人影がこちらを向き、見るからに焦りと驚愕の表情を浮かべてそそくさと逃げ出そうとした。
突き当たりは壁で、僕の横をすり抜けないと逃げられなかった男の腕を掴み、ギリギリと力を込める。
声掛けられて咄嗟に逃げようとするだなんて、この人、本当にいけない事をしてたんだ。
僕の七海さんのお家のノブをいじって、一体何をしようとしてたっていうの。
返答次第では僕、怒っちゃうよ……?
「…………っっ、!」
「あそこで何をしていたのか言いなさい」
「……何もしてねぇよ! い、いてぇな! 離せよ!」
「このまま腕をへし折られたくなければ、正直に言いなさい」
「なんであんたにそんな事を……!」
「言いなさい。ノブに何をしてたんですか」
「痛てぇ!! いてぇよー!」
「早く言いなさい! でなければ本当に折りますよ!」
「……!! 鍵開けようとしてたんだよ! 芝浦七海の家だろ、ここ!」
「──何ですって?」
鍵を、開けようとしていた……?
開けて、侵入して、……何をしようとしてたっていうの?
男が僕の隙をついて逃げ出そうとしているのなんか、許せるはずがない。
瞬間的に、全身が沸騰したのが分かった。
これまで芽生えた事がないほど、怒りの感情が僕の心を埋め尽くす。
「痛てぇぇぇ!!!」
「どこのどなたか存じませんが、あなたを闇に葬りましょう」
「はっ? 未遂だろ! オレは芝浦七海の事が忘れられないだけだ! 他意はない!」
「忘れられないからと言って無断で人の家に入ろうとしましたよね。僕にとっては未遂じゃない。現行犯です」
怒りに任せて男の二の腕をへし折らんばかりに握った僕は、自らの言葉にハッとした。
──未遂じゃない、……現行犯。
……僕も七海さんに、この男と同じ事をしたんじゃ……。
誰にも触れられたくない、僕のものにしなきゃって一心で、意識のない七海さんを僕は……犯した。
理由はどうあれ欲に負けた身勝手な僕は、それしか術がないと思っていた。
──僕、この男にとやかく言えないじゃない……。
「クソ……っ! 痛てぇっつってんだろ!」
「……二度目はありません。あなたの顔は覚えましたから、もしまた七海さんに近付こうとしたらその時は……葬ります」
まだ怒りは治まらなかったけれど、僕は男の腕を解放した。
痛てぇな、とぼやいて走り去る後ろ姿は追わず、七海さんが僕に向けていた怒りの意味を履き違えていた事に愕然としながら、地面に転がったスポーツドリンクを拾う。
……僕はおかしい。
あの男と僕の異常さは同じなのに、七海さんから離れたくないというエゴは僕の方が強いと思った。
玄関を開けてすぐに見えた、七海さんがベッドの上で自らの体を拭いている姿を目にしてしまうと……いても立ってもいられなかった。
0
お気に入りに追加
661
あなたにおすすめの小説
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる