優しい狼に初めてを奪われました

須藤慎弥

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初めてを奪われました

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 早く動いては突然止まり、ギリギリまで引き抜いて奥まで一気に貫く、という高度な遊びを繰り返す和彦の顔には、ずっと笑みが乗っていた。

 俺はこんなに必死なのに。

 動かれる度に背中がビリビリして、その微かな電流が性器に伝わって意志とは裏腹に完全に反り立っている。

 キスは嫌だって顔を背けても、無理やり唇を押し付けてきて舌を弄ばれた。

 湿った互いの舌がぶつかるディープキスの生々しさも興奮を誘い、俺の苦し紛れの吐息が和彦の笑みを濃くした。

 ……絶対にイきたくない。

 夢に描いてた、「大好きな人との初エッチ」が文字通り夢と消えちゃったんだ。

 せめて、気持ち良かったなんて言いたくないし、感じてると思われたくない。

 気を失ってる間に裸に剥いて貫くなんて、言い方は悪いけどこれは立派なレイプだ。


「ふっ……可愛い。たまらないですね、この「初めて」みたいな演技。これは男が喜ぶはずだ」
「……っっ! ち、ちが、……っ、」


 違うって何度も言ってるのに、まだこんな事言ってる。

 俺はお前なんかによがりたくないから声も我慢して、和彦の腰に巻き付けてしまいそうになる足もプラプラと浮かせたまんまにしてるんだよ。

 そもそも動き方なんて分かんないし。


「でも……初めてのはずはないですよね。後ろ、あんなにすぐトロトロになるはずないですもんね」
「……ちが、ちがう、……って……!」
「中で出しちゃうのはマズイのかな? 七海さん、みんなはどうしてるの? ちゃんと外出ししてもらってます?」


 和彦の言ってる事は、何もかも俺に当てはまらない。

 違う、誤解なんだ、と首を振って応えると、和彦の瞳が怒気をはらんで細まった。

 しまった、外出ししてもらってるかって聞かれたんだった。

 俺は「中出し外出し以前に初めてなんだ」って意味で首を振ったのに、和彦が目に見えて怒り始めている。


「……ふぅん…。じゃあ僕も中でいいですよね」
「え、いや……っ、いや、待って、待って……!」
「みんなはよくて、なんで僕はダメなんですか? そんなの不公平だ。僕も七海さんの中に出したいです。……そのままずっと僕の精子が七海さんの中に留まればいいのに」
「なに……っ?  マジで、待っ、……て、お願い、違うんだ……! ちがう、……っ」
「いいでしょ? ねぇ、七海さん……」
「よくない、よくないってば……っ」


 何とも静かな怒りをぶつけられた。

 何に対してキレたのか、掴まれてる肩をギリギリと押さえ付けられて痛くて、身を捩ろうとするもそれも許してもらえない。

 強引かと思えば、頬擦りして甘えてくるのも訳が分からなかった。

 中出しにこだわる和彦からの熱が、次第に強まっていく。

 明るい茶色の髪がゆらゆらと揺れていて、余裕そうな笑みが顔から消えた。

 顔と体だけは抜群に良い和彦が、俺の事を男とヤリまくってる奴だと誤解したまま痛いほど抱き締めて……息を詰める。

 あ、出される。中に、出されてしまう。

 ダメだって言ったのに。

 やめてって言ったのに……。


「────ッ」
「…や、やぁぁ──っっ」


 俺を抱く腕にさらに力が加わったと同時に、腹部がじわりと温かくなった。

 ぎゅっとしがみついていた俺の指先も、青くなっちゃうくらい力がこもっていた。

 ……俺はイけなかった。

 まだ体内には放出待ちの熱が燻っていたけど、のしかかってきた和彦の体に反り立った俺の性器がくっついていて、二度目の空しさを覚えた。

 和彦の吐息が耳にかかり、行為の後の余韻を楽しめない俺はそのまま天井を見上げて己の熱を覚ます事に従事する。

 なんでこんな事になったんだろう。

 俺はまず好きな人を作るところから始めたかったのに。

 それがたとえ何年先であろうとも、後悔だけはしたくなかったから、恋人というものも今まで一度も作らなかった。

 誘われてついて行ったとしても、ホテルや相手の部屋になんか絶対に行かなかった。

 ──守りたかったからだ。  「初めて」を。


「七海さん……僕だけにしませんか? 可愛かった……とても」
「………………」


 そんな、誰にでも言ってんだろって台詞を信じるバカがどこに居るんだよ。

 自身をゆっくり引き抜いた和彦が俺を抱き締めようとしてきたけど、慌てて離れてベッドから下りる。

 ……ほんとに中で出しやがった。

 お尻から溢れる液体が腿まで伝わって気持ち悪い。

 でもこんなとこに長居したくないから、ソファの上に丁寧に畳まれていた俺の服を急いで着込んだ。

 そんな俺を、和彦もベッドから下りて追い掛けて来ようとしているのに気付いて、一目散に扉まで駆けた。


「七海さんっ?」
「………やだ。お前なんか嫌い。大っっっ嫌い! 二度と顔を見せるな!!」
「あっ、ちょっ……七海さん!」


 まったく言い足りない捨て台詞を吐いた俺は、ホテルを飛び出し下半身の感覚を無視して夜道を走った。

 そこは予想してたラブホテルじゃなく、普通の立派なホテルだったと外に出てみて知る。

 防音じゃなかったかもしれない佇まいに、喘ぎ声を抑えていて良かったと皮肉な事を思って苦笑した後、お尻をモゾっとさせながら俺は、──とりあえず現実逃避した。






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