恋というものは

須藤慎弥

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はじめての巣作り

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 ◆ 潤 ◆


 α性とΩ性それぞれには、この世のどこかに必ず番が存在する。

 それは極々身近な人物かもしれないし、遠い異国の地の者であるかもしれない。

 しかし番というのは対でなければならない故、神の悪戯で引き離された二人は生きていれば引き寄せられるように運命と出会う事になる。

 性が六つに増えてからというもの、ヒトはその不思議な区別を徐々に受け入れざるを得なくなった。

 遺伝子によって判別された世の中に優劣が生まれるのも仕方のない事であり、突然変異でα性として生まれた潤は、〝稀〟〝奇跡〟としか言いようのない自身の優位性のある性別に不快感しか無かった。

 同じく天も、性別が確定したその日から人生を悲観した苦悩の日々が始まり、自身の体に激しい嫌悪を抱いていた。

 けれど、性に葛藤する二人が運命によって導かれるや、彼らの未来は急速に明るく照らされている。

 だが一つだけ重大な問題があった。

 それは、二人が「普通に恋をしよう」と気持ちを確かめ合ってから一ヶ月後の事だった。


「──潤、学校から電話があったわよ」


 皆が揃う朝食時、時任家の実質家長のように存在感たっぷりな母が、突然箸を置いた。

 その声音に、食卓についていた父、兄である豊、その妻の美咲の三人は食べる手を止め母の顔色を伺う。

 身に覚えのあった潤だけが、平然と白米を口に運んだ。


「……なんて?」
「あなた二日も学校を休んでいるらしいじゃない。どういう事なの」
「…………」


 問い詰められバツの悪い潤の咀嚼スピードが、みるみる落ちていく。

 母はジッと潤を見据え、一秒でも早く離れ家に戻りたいあまり朝食をかき込んでいた潤はというと、母の視線から逃れるようにそっぽを向いた。

 正確にはあと五日休む気でいる、などと口走った日には怒号必至だ。

 それというのも、一月に発情期があった天が今月それに入った。

 発情期がきても抑制剤を飲みたくない、出来ることなら潤に抑えてほしい……そんな天の願いを二つ返事で聞き入れた潤は、自分の意思で学校を休んだ。

 具合が悪そうな芝居までして、天に気を使わせぬよう離れ家の外へ出て担任に電話を入れていたというのに、母にそれが知られるとは非常に都合が悪い。

 苦虫を噛み潰したような表情で、人生で初めて舌打ちをしてしまいそうになったその時。

 潤と天の状況を知る理解ある夫妻が助っ人を買って出た。


「……体調が悪かったんだよな、潤」
「そ、そうそう! お義母さん、潤くんは二日前から……っ」
「潤なら昨日も一昨日もしっかり食事を取ってるわ。顔色も良さそうよ」


 目を光らせた母に言い返され、夫妻は残念ながらフォローらしいフォローを入れてあげられなかった。

 互いに目線だけで「ごめん」と言い合う豊と潤を、母は訝しげに見つめている。


「説明しなさい」
「休んだ理由、だよね?」
「当たり前でしょう!」


 離れ家では昼夜関係なく天を可愛がっているので、ひどく腹が減る。むしろ今までより食欲旺盛で、日頃から食事管理を徹底している母に〝体調が悪い〟は通用しなかった。

 とうとう顔を真っ赤にして怒り始めた母を見て、潤は悩んだ。

 もはや誤魔化すのは無理。

 それならばもう、真実を伝えるしかない。


「半年くらい前に、番の子、見つけたんだ」
「え!?」
「今その子が発情期だから……慰めてる」
「な、慰めてるって、……!?」
「分かるでしょ」
「…………っ!!」


 潤は、絶句した母の顔をとても見られなかった。そのため一時中断していた食事を、しれっと再開する。

 ただでさえ潤も、天の濃厚過ぎるフェロモンに欲を掻き立てられているのだ。

 脳が少しずつ壊れていきそうなほど、自身がまるで獰猛な獣にでもなってしまったかのように天を貪り、彼用にあつらえた首輪めがけて牙を剥く。

 前回の突発的な発情期時、互いに自衛をしていたせいもあり二人は初めて味わう発情期を甘く見ていた。

 二日前から、正気に戻った際の天の口癖はこうだ。


〝記憶が無くなるまで犯さないで、潤くん〟


 いやいや、それはお互い様でしょ? と潤は笑うが、全身を桃色に染めて甘い香りを漂わせる天も、抑制剤を服用しない発情期を恐恐と体感している。

 相当に戸惑っているらしい事は見ていれば分かるので、潤はそっと抱き締めて「ごめんね」と謝った。

 そうこうしていると、再び天が発情する。

 大好きで大好きでたまらない天が、ふわふわとフェロモンを漂わせながら甘えてくると、潤は本能のままに彼に熱い杭を突き立てた。

 コンドーム越しに精液を彼の体内で吐き出し、彼が「もう無理」と泣き事を言っても離れられない。発情を抑えなければという本能に従い、度々意識を失う天を犯し続ける潤も、結構な体力を消耗している。

 天が眠っている隙に、こうして少しでも食べておかないと体が保たない。


「潤!! あなた私になんの相談も無く番を選んだの!? 番になるなら私の承諾を取ってちょうだい!」
「……承諾? そんなもの必要だっけ?」
「──潤!!」


 母は常日頃からやかましい。

 α性の道から逸れたい潤と、奇跡的に産まれた崇高なるα性を誇りに思っている母とでは、いつも意見が合わない。

 まず潤は、性別が確定してすぐにこの母によって隔絶を余儀なくされた事を微かに恨んでいた。


「番になるつもりだけど、まだ正式にはなってないよ。だからそんなに興奮しないで、落ち着いてよ」
「これが落ち着いていられますか!! 離れ家にいるの!? 今、いるのね!?」
「居るよ。紹介したいんだけど、あと五日は無理」
「紹介なんて必要ありません! 私は反対ですからね! そんな……っ、どこの馬とも知れないΩなんか、絶対に許しません!」
「それなら僕はこの家を出るまでだよ。はじめから、ここに僕の居場所は無いし。異端扱いされるのは真っ平だ」
「潤……っ!!」


 言い合いの最中にも食事を綺麗に平らげた潤は、流しで自分の食器を手早く洗ってしまうと、そそくさとリビングをあとにする。

 ……が、一度立ち止まり母を振り返った。


「あ、あと五日って言ったよね、僕。学校からの連絡がうるさいようなら事情を説明して構わない。α性はそういう面でも優遇されるからいいよね」


 今この時に絶対に相応しくない雄々しい笑顔を浮かべ、潤の足は真っ直ぐに離れ家へと向かう。

 やはり反対されたか。

 きっと、母にバレたらこうなるだろうと予想はついていた。

 α性の者達を敬う傾向の強い母は恐らく、潤をΩ性との番ではなく〝α性同士〟の結婚に強い願望を抱いているのだ。

 昔から、この家では潤の意見は通らない。

 それならば天と駆け落ちもアリかなと、潤は離れ家の扉を開けながら不敵に笑った。




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