恋というものは

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
114 / 139
クリスマスSS『ビックリ箱』

─2─

しおりを挟む



 潤の声が確かに届いていると分かる、ふわふわとした香りが強くなった。

 誕生日の日まで会うことは叶わないと諦めていた恋人との逢瀬が、もう間近なのだ。

 いっその事、簡単に開閉出来そうな蓋をガバッと取り去り、すぐさま小柄な体を抱き締めたい気持ちでいっぱいなのだがそうもいかない。

 濃いフェロモンを漂わせ、無意識に潤を誘惑する年上の可愛い恋人のイタズラに付き合わなくてはならない。


「ん~と、僕が開けるべきかな? それとも開閉はタイマー依存なのかな? う~~ん、どうしよう?」
「………………」
「分かんないから、先にお風呂に入ってこよっかなぁ。 今日は疲れたし一時間半身浴するのもいいかもー」
「…………っっ! あ痛てっ」


 潤が独り言を語る毎に高まっていく、天の緊張感。

 共に匂いも強まり、潤の揶揄いに天が箱の中で慌てたのを合図に蓋に手を掛けた。


 ──あははっ。 僕が行っちゃうと思ったのかな。 可愛い。


 小柄とはいえ天一人がすっぽり入ってしまう大きな箱は、ダンボール製とはいえ蓋もかなりの質量だ。

 よいしょと脇に置き、出て来る気配のない天を上から覗き込む。

 天は膝を抱え丸まっていて、目を瞑っているのか潤の視線に気が付いていない。


「てーんくん♡ いらっしゃい。 何してるのー?」
「あっ!? 開けたな!?」
「わぁぁ♡ 天トナカイだ! 可愛い~! 全身見せて!」
「えっ!? ちょ、ちょっと……っ、潤くん!」


 恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めた天が立ち上がると、会えた喜びをさらに増幅させる格好である事に気付いた。

 潤は難無く天を抱え上げ、箱から救出する。

 じわりと床に下ろしてやり、上から下まで舐め回すように天の姿を眺めた。

 いつかに潤が手作りしたハムスターの着ぐるみを彷彿とさせる、フードにツノの付いたトナカイのコスチューム。

 言わずもがな、今日がクリスマスだからその出で立ちなのだろうが、サンタではなくトナカイを選んだところが憎い。

 彼は、潤のハートを掴むのがうまい。

 このフェロモンだけでたちまち陥落する、潤の理性の最後の一欠片を壊しにかかってくる。


「ねぇねぇ、せっかく可愛い格好してるんだから、狭いけどこの部屋ウロウロしてくれない?」
「……えぇ?」
「お願い! 天トナカイのウロウロしてるところがどうしても見たいんだよ! それ見たら僕の今日の疲れなんて吹っ飛ぶから!」
「……分かったよ……」


 変態趣味だと罵られてもおかしくない言動に、天は素直に従ってくれた。

 お尻付近にある短めの尻尾をフリフリ揺らしながら、意味も無くあっちに行ったりこっちに行ったり動き回る天を、潤は腕を組んで凝視した。

 少しも見逃したくなかったので、その間は瞬きをしないと決める。

 ちょこまかと動く潤のトナカイが「もういい?」とお伺いの視線を寄越す限界まで、それは続いた。

 どこぞの成金の悪趣味な遊びを彷彿とさせる。

 店が激混みで疲れ果て、天との甘い時間を過ごす事も諦め落ち込んでいた潤に、他でもない恋人からプレゼントが届いたのだ。

 クリスマスイベントには大感謝である。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

処理中です...