100 / 139
◆ 暴露 ◆ ─潤─
第百話
しおりを挟むすぐにバスルームへ行くと、そんなにヤる気満々なのかと呆れられても嫌なので、この期に及んで余裕ぶった潤は本宅の一階のみをざっと案内した。
世間一般の一軒家より少し大きめな二階建てのこの家は、豊と美咲が隣に家を建てたのを機にリフォームし内装がかつてより近代的になった。
一階だけで両親の寝室含め四つの部屋がある。 オープンキッチンのある広めのリビングには、中央に一輪生花が飾られた五人で掛けるには大き過ぎるダイニングテーブルが存在感を示している。
そこで何度も豊の浮気疑惑の愚痴を聞かされたバスルームへ天と連れ立つと、何やら生々しい思いに駆られて別々でシャワーを浴びる事を提案した潤に余裕など無い。
いざとなると、一度くらいは経験しておけば良かったと妙な後悔をした。
格好良く天をリード出来ないわりに、フェロモンを嗅ぐごとに理性はどんどんと削られている。
潤の衣服を着た天に見惚れ、着替えを持たない天が下着を履いていないと知るや、大きな丸型だった理性の塊は欠片ほどしか残っていない。
どちらかというと、同じく初体験にドキドキしているはずの天の方が、潤よりも冷静に見えた。
「外観からして立派な家だよな」
離れ家に戻った二人は、互いのフェロモンに抗うかのように何食わぬ顔で手を繋ぎ、ベッドに腰掛けていた。
「そうかなぁ」
「……庭に潤くんの部屋造れるくらいなんだから、豪邸って言っていいと思う。 そうだ、ずっと聞きたかったんだ。 この部屋ってどういう経緯で建てたの?」
「………………」
綺麗だし最近建ったよな?と問われた潤は、天の掌をにぎにぎしながら苦笑を浮かべる。
天には、潤の性別の葛藤を話していなかった。
性別が確定してからというもの、急ピッチで建てられたこの離れ家について天にはいつ話せばいいかと考えていたが、それが今だとは予定外である。
話したところで、他者だけでなく天にも贅沢な悩みだと嘲笑されやしないか……。 潤は天の顔色を窺い、緊張の面持ちで口を開いた。
まさしくこれは、天が涙ながらに性別の葛藤を打ち明けてくれた時と状況が酷似している。
「……僕がαだったから」
「…………?」
「兄さんから聞いたと思うけど、僕はβ性の家系から突然変異で生まれたαなんだよ。 おかげで期待とプレッシャーが物凄い」
「えぇ? 隔離されたって事? 勉強しなさい、って?」
「うん、まぁ……そんな感じかな」
「……潤くん寂しがりやなのに」
「………………っ」
───天くん……っ。
嘲笑を覚悟していた潤に向けられたのは、眉を顰めた天の心配気な視線だった。
これほど容易く、分かってもらえるとは思わなかった。
潤が自身の性別を無意味だと思った根源が、まさにそこにある。
和気あいあいと暮らしてきたそれまでの生活が一変し、親族から向けられる羨望の眼差しが鬱陶しく、両親からの過剰な期待を背負った潤の苦悩はほぼほぼその子どもじみたそれと、α性の特質への嫌悪に尽きる。
社会に出れば性別関係なく支配する側となり、Ω性へに至っては顕著になる欲求が自身にあるなど、考えたくも無かった。
けれど、自身の性別の苦悩を乗り越えた天は潤の気持ちに寄り添ってくれた。
ただ寂しいだけなんだと、誰に言っても理解してもらえないだろう事を、天はやすやすと言い当てた。
───天くんは分かってくれてる……僕が言いたくても言えなかったことを、……こんなにあっさり……。
欠片ほど残っていた理性が、木っ端微塵に砕け散った瞬間であった。
「んっ……っっ?」
「天くんは僕が寂しがりでも笑わない?」
「んえ……っ? わ、笑わない、よ……んんっ」
天を抱き上げ、ベッドに押し倒してキスをした潤はこの日初めて舌で唇を割った。 温かく滑った舌と自身のそれをゆっくりと絡ませて、吐息を零す天の頬を優しく撫でる。
舌先で前歯をツンと刺激してみると、瞳を瞑った天の体がビクッと揺れた。
「僕はαらしくなんて出来ない。 それでも一緒に居てくれる?」
「うん、……っ、だって……潤くんは潤くんだろ」
ふわふわと香る癒やしのフェロモンが、突如として濃厚なそれに変わり潤の本能に突き刺さる。
触れるだけのキスは気恥ずかしくて、ひたすら甘かった。 しかし舌を絡ませるこれはたちまち激しい情欲を生む。
頭の中が天でいっぱいになり、一刻も早く貫きたいとばかりに潤の腰が疼いた。
心が重たい。
天への愛が次々と育まれ、粉々になった理性を覆い尽くすほど大きくなった。
「…………嬉しい」
「あっ……潤、くん……っ」
「天くん、好き」
「ん、っ……」
「好き。 好き。 好き。 好き」
「わ、分かった、から……!」
力いっぱい抱き締めても、どんなに言葉を紡いでも、想いが伝わる気がしない。
左手でうなじを庇い、首筋に顔を埋めて何度も「好き」と言った。
恥ずかしいと漏らす天の素肌に触れると、その熱い感触さえ愛おしかった。
「……僕は汚いなんて思わないけど、綺麗にしてからエッチしたかったんだよね? ここ、自分で綺麗にしたの? 僕がしてあげれば良かったね」
「うぅっ……!? ん、っ……あっ……」
「僕、カッコ悪くてごめんね。 どうしてもバスルームで初体験は嫌だったんだ」
天の体を隅々まで洗い、前戯と称して中までくまなく触れるつもりでいた潤は、土壇場でこの表情とフェロモンに勝てる気がしなかった。
覚悟を決めた天の気持ちを尊重するならば、これまでと同様に自衛しなければ無理だったのだ。
「……潤くん、……」
恥ずかしそうに頷いた、天の目元が赤い。
切なく名前を呼ばれただけで、キスをせがまずにはいられなかった。
たどたどしい舌伝いに、互いの唾液が混ざり合う。
眉を寄せ、薄く開いた色付いた瞳が潤を射抜き、弱々しく背中を抱かれた。
こんな事をされて、こんなにも可愛く欲情の視線を向けられて、我慢出来るαは居ない。
11
お気に入りに追加
200
あなたにおすすめの小説
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る
112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。
★本編で出てこない世界観
男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる