恋というものは

須藤慎弥

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◆ 暴露 ◆ ─潤─

第九十九話

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… … …


 口うるさい小姑のように天との仲を引き裂かれるのではないかという危惧は、杞憂に終わった。

 あのあとすぐ、天は豊から早退を命じられていた。 公私混同甚だしいが、「きちんと話し合え」という兄らしい台詞を潤共々掛けられた。

 潤の想いが一方通行ではない事を、あの痴話喧嘩で分かり過ぎるほど分かってもらえたようで一安心である。

 感情に任せて声を荒らげるなど、潤自身でさえも驚いていた。

 天を怖がらせるだけかと思えば、瞳をうるうるさせながらではあったが彼もしっかり言い返してきた。

 潤にとってあれは威圧でも憤怒でもなく、まだ奥底に燻っていた天の不安を払拭させたい一心の愛情だった。


「わわっ……潤くん……っ」
「天くん、……会いたかった……」


 迷わず自宅へ帰ろうとした天を、潤は我が家に連れ帰った。

 不意ではあったものの、ようやく会えたのだ。 あっさりと離れ離れになるなど考えられなかった。

 離れ家に入るなり靴も脱がずに天を抱き締めて、愛おしげに髪と背中を撫でる。


「天くんだ……」


 短時間とはいえしっかりと睡眠が取れたおかげで、クリアな視界で天の顔をまじまじと眺められている。

 先月よりも痩せてしまった両頬を捕らえ、触れるだけのキスを落とすと天は分かりやすく真っ赤になり、たちまちフェロモンを放ち始めた。


「お、俺も会いたかったんだけど、……ちょっと待っ……」


 一瞬で意識を奪われそうなフェロモンを直に嗅いでしまい、天の目の前で潤は片目を細めた。

 思いのままに首筋に鼻を埋め、クンクンと何とも言えない芳しい香りに恍惚とする。

 耳まで真っ赤に染めた天が潤の背中を攻撃しているが、首筋を舐めると途端に大人しくなった。


「……待てないよ。 無理やり挿れたりなんかしないから……触るだけ。 ダメ?」
「……ダメじゃ、ない……けど、」


 玄関先で天の臀部をやわやわと揉み始めた潤は、彼の小さな抵抗にも興奮した。

 小ぶりな唇を何度も奪いはしたが、舌を絡ませようとしてやめるを繰り返した辺り、まだ自制出来る状態である。

 天を傷付ける事はしない。

 潤の心はその一点で占められている。

 しかし臀部や腰を撫で回す掌は止まらない。 触れたくてたまらなかったその体と、潤を求める声に本能が喜んでしまっている。


「ま、待て、潤くん! 待って……っ」
「ん~?」
「風呂! あ、あの、……お風呂に……!」
「……ん~……」


 悪戯の度を越している潤の掌を、とうとう天から掴まれた。 恥じらいながら潤を見上げる瞳から、ただならぬ緊張感が漂ってくる。

 ここへ連れ帰ったという事は、以前のような "看病" が目的ではないと理解した上で天は潤について来た。

 貫いて良いかどうかは天に任せる。

 だが触りたい。

 触るだけだから、とどこぞの怪しげなナンパ野郎のように念を押し、ウズウズしている潤が「そんなのいいよ」と呟くと、甘い香りを放つ天がキッと潤を睨んだ。


「だって、……だって俺、初めてなんだぞ! 汚いまんまはちょっと……」
「天くんは汚くないよ。 それに、僕も天くんと同じだよ?」
「そ、それ前も言ってたけどほんとなのかっ? とても信じられない……えっ」


 潤はそっと天から離れ、靴を脱いで木製のデスクの二段目の引き出しからある物を取り出して見せた。

 いかにもモテる風貌と、普段の余裕ある立ち振る舞いから、潤が童貞であるとは誰も思わないだろう。

 体を繋げたいと思える人に出会わなかった事もそうだが、万が一を懸念していた潤は誰に言い寄られても断り続けてきた。

 憧れと片思いを同化していた今までも、彼女を性的な目で見た事は一度もない。

 そんな事よりも、潤は天の何気ない発言に浮き足立った。

 もしかして天は、すでに覚悟を決めてくれているのかもしれない。 汚いままで初体験はしたくない、……潤にはそう聞こえた。


「見て見て。 ほら、新品未開封」
「………………っ」


 封の切られていないα専用のコンドームを見せつけると、天は物珍しそうに潤からそれを受け取り、まじまじとそれを眺めた。

 何故かやたらと熱心に、裏面の注意書きと使用方法を読んでいる。

 そんな天を見下ろしていた潤は、いつもそうしているように高鳴る胸元を押さえた。

 目の前に天が居る。

 本人にはとても言えないが、天は男性的でも女性的でもない不思議な雰囲気を纏う。

 小柄で肩幅も狭く、絡ませた事のある足は背丈に見合い小さかった。

 顔の造りに至っては、まるでハムスターを擬人化したような愛くるしさだ。

 思わず撫でずにはいられなくなる焦げ茶色の髪は、美容室は勿体無いのでたまに自分で切っていると言っていた。 洒落っ気のないところも可愛い。

 潤は、初めて目にしたらしいコンドームのパッケージを見詰めて頬を染める、初々しい天の細い顎を取った。


「ねぇ天くん。 僕だってドキドキしてるんだよ。 天くんから嬉しい気持ちいっぱい貰ったから、ここがずっとうるさいんだ」


 押さえていた胸元をぎゅっと握る。

 天も緊張しているのかもしれないが、それは潤も同じだ。

 会いたかった日々を我慢し、抑えきれない欲を薬で誤魔化していた未熟な二人は自然と見詰め合い、緊張を共有した。


「……潤くん……」
「あぁもう、……いい匂い。 たまんない」
「……潤くんもな」
「僕も出てる?」
「うん。 医務室に居た時からずっといい匂いしてるよ」
「そうなんだ。 出してる本人は分からないものだね」


 Ω性である天は、潤の放つα性特有のフェロモンを敏感に察知する。

 好意を寄せる相手だからなのか、天もこの匂いが好きだとすり寄ってきて我慢ならなかった。

 玄関先で立ち往生している天を一段高いところから抱き締めながら、潤は執拗に彼のうなじを嗅いだ。


「う、ん……っ、ちょっ、潤くんっ……くすぐったいよ!」
「あはは……っ。 じゃあ、……お風呂行こっか。 本宅にしかないけどいい?」
「……でもご両親が居るだろ?」
「二人とも親戚の家。 ちなみに県外に行ってる。 僕しか家に居なかったから兄さんにお使い頼まれたんだ」
「そ、そっか」


 フェロモンをぶつけ合う二人にとって、好都合な条件が揃っていた。

 再度靴を履いた潤が天の手を取ると、きゅっと握り返してきてさらにドキドキした。


「それは置いとこうよ。 僕たちの初体験はベッドがいい」
「あっ……いや、ごめんっ」
「あはは……っ」


 コンドームを持って移動しようとしていた天が、慌てて潤に返してきた。

 すかさず、そんなつもりじゃ……と呟く天の唇を奪う。

 何もかもが可愛い人だと、自制する自信が無くなってきた潤はふっと穏やかに笑った。




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