恋というものは

須藤慎弥

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◆ 潤の性別  ◆

第八十九話※

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 甘酸っぱい感情がどんどんと湧き上がってくる。

 香りにやられているのもそうだが、潤が何度も耳元で「天くん」と呼んで甘えてくるので、心拍数がなかなか落ち着かない。

 存分に天を抱き締めて擦り寄る潤は、これをずっと我慢していたのかもしれないと思った。

 潤の声と体温に、胸が高鳴りっぱなしだ。


「天くん……僕の方こそ、ありがとうだよ」
「俺の方がありがとうだっ」
「僕の方が……っ」
「……月曜日の朝、こんな会話したよな」
「……うん。 僕も同じこと考えてた」


 鼻頭でキスをした二人は、どちらからともなくクスクスと笑い合い、しつこいほどに抱き締め合った。

 天からも、潤からも、微量ではあるがフェロモンが放たれている。

 潤が片目を細め始めたのを機に、天は布団を手繰り寄せて潤の背中に掛けて身構えた。

 いつでも、潤の気が済むまで、この体を好きにしていい。

 そんな思いを込めて潤の瞳を覗き込むと、彼は天の意図を汲んだのかそろそろと右手を下腹部へと滑らせた。

 途中で左乳首に悪戯はされたが、大きな手のひらで性器をきゅっと握られて腰をビクつかせる。


「潤くん、……する、?」
「あ、ううん……今日は挿れられないや。 こんなことになると思わなかったから、ゴム持ってきてない」


 ゆるく扱かれている掌の熱に集中していた天は、「え…」と落胆の声を漏らした。

 潤はまだ、欲望に忠実なお年頃の高校生である。 おまけに性欲が強いとされるαだ。

 てっきりこのまま、タガが外れた年下の恋人とドキドキな経験を共にしてしまえると思っていた。

 どうしてもセックスがしたかったわけではない。 断じて、そうではない。

 ───そうじゃ、ないもん……。


「そのまま挿れるのはよくない、って事……?」
「よくないね。 αがΩのヒトの中に入ったら、外出しはほぼ不可能らしいんだよ」
「あっ……な、んで……っ?」
「僕たちαは、ここの造りが……他の性のヒトとちょっとだけ違うんだって」


 先端を手の腹で撫でられた後、根元をにぎにぎと絶妙な力加減で握られた天は潤にしがみついていた腕に力を込めた。

 そういえば学んだ事がある。

 学校での性教育でも、かかりつけの病院で受けた看護師からの説明でも、潤が今握っている天の性器の根元辺りにα独特の構造がみられるという。

 α性のヒトの性器がひとたびΩ性の秘部内へ入ると、確実に対象が孕むよう射精の際に根元が膨らんで抜けにくくなる。 かつ、ヒトによるが射精の時間も他の性別よりも明らかに長く、数分~十分ほどかけてたっぷりと中に精液を注ぎ込む。

 そんな恐ろしい身体的違いがあるのかと慄いていた天も、今では興味しかない。

 潤が恍惚の表情で、我を忘れて天を貫く姿を想像するだけで秘部が疼き、下腹部がキュンとなった。


「う、んぁ……っ、でも潤くん、挿れて、いいよ……? 俺は……挿れてほしい、のに……」
「だめだよ。 そんなに誘わないで。 天くんの体はまだ、ホルモンバランスが崩れてると思うんだ。 僕が天くんの中で出したら……赤ちゃんデキちゃうかもしれないんだよ?」
「……赤ちゃん……。 潤くんとの赤ちゃんなら、いいかな」
「……ちょっ、天くん!!」


 思いのままに、言ってみただけだ。

 家庭を持つ事はおろか、恋人さえも諦めていた天が潤との未来を思い描くと、それはすぐに映像化されて脳内を流れ何の違和感も無かった。

 二人とも家事に長けていて、贅沢を好まず、潤は学生でありながら働き者で必要以上に優しい。 しかも潤のこの綺麗な顔は、子どもにも必ず遺伝すると思うのだ。

 相手が自分なのが申し訳ないけど……と、ここまで考えた上で天は頷いたのだが、潤から圧を込めて叱られた。

 αの威圧のオーラは、潤にそのつもりがなくとも無意識に放たれる。


「お、怒るなよ。 潤くんが怒ると心臓がキュッてなる」
「あ、ご、ごめん……っ」
「…………さっきはやる気満々って感じだったのに」
「それは……っ。 天くんの "僕に会いたいフェロモン" が強過ぎて、頭飛んでたんだよ……だからフェロモン出さないで。 ていうかもう出てるけど」
「自分じゃフェロモンが出てるか分かんないんだもん。 しょうがないじゃん……んっ、潤くん、挿れないなら、指……やめっ……」


 ふにふにと遊ぶように性器を扱いていた掌が、じわりと後ろへ伸びた。

 中の滑りを確認するように二本指をそこにあてがわれた気配がし、天が背中を戦慄かせると同時に躊躇なくそれは入ってきた。

 まずは中指がくちゅくちゅと出入りする。

 ぐいと潤の膝で足を開かされた天は、襞を擦る指先の感覚を覚え始めていた。

  "一本だけでは足りない" と、思わず漏らしてしまいそうになる。


「天くん。 僕は繋がりたくて天くんのこと好きなわけじゃないよ」


 悪戯に孔を愛撫する指先が、二本に増やされた。

 前立腺を掠めて挿抜される最中、顔を上げた潤から鎖骨を舐められて瞳を開く。


「俺とは、したくない……、?」
「違うよ! したいに決まってる! でも僕たちはまだ半端だから……天くんも、僕も。 今はこれで充分。 天くんがイく時の顔見せてくれたら、僕もそれでイけちゃう」
「……勃ってるのに?」
「こら、天くんっ。 僕の我慢を無駄にしないで。 天くんはいい子いい子でしょ?」
「え、やっ……!」


 マフラーの上からうなじを守っていた潤の左手が、天の頭を少々オーバーにヨシヨシと撫でた。

 その瞬間、意図せず孔に力が入ってしまい潤の指先を締め上げる事になった。

 天自身にもよく分からなかったのだが、年下の男から甘やかされて頭を撫でられると妙に気恥ずかしい。 ……嬉しい。

 思い返せば、潤はこういう事をさらりとする男だった。


「……っ、潤くん、それヤバっ……」
「あはは……っ、匂い濃くなった。 好きなんだね、いい子いい子されるの。 あとね、天くんは抱き締められるのも、いきなりキスされるのも、僕から見おろされるのも、好きなんだよ。 知ってた?」
「知らないよっ」


 毎日いい匂いがして大変だったんだから、と零す潤は、言葉とは裏腹に天が見惚れるほどの微笑みを浮かべている。

 背が高い潤が小柄な天を見おろすのは当然の事であり、それが好きだと思った事はない。 その他の事も、天より潤の方が知っていて顔から火が出そうだ。


 ───いつから俺は、潤くんにだけ嗅ぎ付けられるフェロモンを放ってたんだろう。

 ……もしかして、最初から……?




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