恋というものは

須藤慎弥

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◆ 年下の理解者 ◆

第七十話

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 性別などどうでもいいと、潤は言った。

 これまで独りで悩んできた天の一番近くで、ただ手助けがしたい。 それだけなのだと。


『二番目でいいから、僕の事を好きになって。 嫌がる事はしない。 僕は絶対に、天くんを傷付けたりしない。 約束する』


 誰の目にも眉目秀麗な潤から熱心に見詰められたあげく、真剣にこんな事を言われてしまってはたまらなかった。

 こんなにも性に寛大で、友達思いな人間がこの世に居るのかと信じられない思いで潤を見上げるも、天は咄嗟に顔を背けてしまった。


 いつから潤の視線を避けたいと思い始めていたのか……勘違いしてしまいそうになるから、そんな風に見詰めないでくれ───。


 黙りこくった天の手を取り、ゆっくりと瞬きをして淡く微笑んだ潤の心が欲しくなる。

 ほのかに期待した "もしかして" が、今さらながらに悲愴感を漂わせ始めた。


「……どうしたらいいんだよ……」


 何度も鳴り響く、潤のスマホへの着信で昼寝から叩き起こされた天は今、ポツンとひとりぼっちで布団の中で丸まっている。

 潤はバイトに出掛けてしまった。

 年末年始の休みが明け、潤のアルバイト先であるBriseは本当は昨日からオープンだったらしい。

 学生でありながら店の中枢を担う潤のもとへ、スタッフから何度もヘルプの電話がきていた事を天は知らなかった。

 寝ぼけた潤は、腕枕をした天を抱き締めたまま落ち着いた声音で「事情があって行けないって言ったでしょ」と出勤を断っていたが、今度は天がスマホをむしり取る番であった。


「今からすぐに向かわせます! 失礼します!」


 天はそれだけ言うと、潤にスマホを返してすくっと立ち上がった。

 「行きたくない」としっかり顔に書いてある潤にコートを差し出し、

「行きなさい!」

と年上らしく叱り飛ばすも、上体を起こした潤はムッと唇を引き結び口を噤んでいた。

 潤が居なければ、きっと店は回らない。

 混み合うクリスマスシーズンに連続勤務を余儀なくされていた事を思えば、年始の今も相当に店は賑わっており、何よりも潤の手を欲しているはずだ。

 欠勤を申し出ていたにも関わらず、潤が応じるまで鳴り響いた着信音がスタッフ等の必死さを表していた。

 バイト経験が豊富な天は、ぶすくれていないで早く行ってあげてとしか言えなかったけれど、両者譲らない睨み合いの末、天には勝てない潤が折れた。

 『絶対に外へは出ない事』を条件として出されたが、そもそも天は外出するつもりも用事もない。

 潤の生活をも脅かし、やはり彼に迷惑を掛けている事実には目を背けられなかった。

 ───この発情期は一体いつ終わるのか。

 それが今早急に解決しなければならない一番の問題で、策は一つとして無いのかを調べようとスマホを手にしてすぐだ。

 何時間か前に失礼な切り方をしてしまった豊の名前が、画面に表示された。


『あ、吉武か?』
「時任さん! さっきはすみません、通話切ってしまって」
『いやそれは構わないんだが。 今は……?』
「はい、大丈夫です」


 即座に謝罪した天に対し、豊の声に怒気は感じられなかった。

 気にしていないようで良かったと胸を撫で下ろすも、次の瞬間耳を疑う言葉を告げられる。


『もうすぐ吉武の家に着くんだけど、何か必要なものはないか? 遠慮なく言ってくれ、こういう時はお互い様だ。 喜んでパシリになるぞ。 俺の後輩が世話になってるしな、看病してくれている青年とやらにもお礼が言いたい』
「あぁ、もうすぐ俺の家に、……って、えぇ!? いや、えぇ!?」
『疑り深い嫁も一緒に来てる』
「えぇぇぇ!?」


 豊の名だけでも充分仰天した。 にも関わらず、あろう事か妻までやって来るという。

 誰にも立ち入らせないと決めていた自宅に、ここ数日でこれほど何人も他人が訪れるなど誰が予想しただろう。

 潤への想いに耽っていた気持ちが一瞬で吹き飛び、じっとしていられなかった天は意味もなくその場で立ち上がった。


「あ、いや、あの、時任さん! せっかくご足労いただいて申し訳ないんですが、俺の家は狭くてボロくて台風がきたら屋根がミシミシ音立てて吹っ飛びそうなくらいヤバイ家なんです! とても上司を呼べるような家じゃ……っ」
『あぁ、気にするな。 吉武が質素な暮らしをしているのは何となく分かってる。 少し顔を見たら帰るよ』
「いえ、その……っ、マジで遠慮したいんですけど……!」
『そう言われてもな。 すでに吉武の家から一番近いコンビニまで来てるんだ。 ここまで来て追い返されたらさすがの俺も悲しいぞ』
「うぅ……っ」


 優秀で頭の回転が早い上司から見事に言いくるめられ、項垂れた天は布団にへたり込んだ。

 心配の度を越している豊が、もうじき妻を引き連れてやって来る。

 顔を見るだけ、と言われても、さすがに茶の一杯も出さずに追い返すのは失礼を上乗せしてしまう。

 潤の条件である外出はしないが、誰かを家に招き入れるのはそれに反していやしないかとドキドキした。

 スマホをポイっと布団に転がし、病人でも何でもないのにこうも人を寄せ集めてしまうΩ性を恨んで、無駄に足をジタバタさせた。

 発情期などこなければこんな事にはならなかった。

 知ったかぶって同性を助け、ヒートを誘発させられなければ潤に性別を知られる事もなかった。

 あんな風に温かな台詞を吐かせたりもしなかった。

 潤が天を二番目に好きになったところで、未来は無い。 彼に気持ちがあったとしても、それはきっと同情や救済のみだ。

 発情期さえ終われば、何もかも穏便に済ます事が出来る。

 これから来るという豊とその妻にも、金輪際迷惑をかけなくて済む。

 天はスマホを手に取った。


「───あ、吉武です。 吉武、天。 明日の午前中で予約したいんですけど、空いてますか?」


 電話した先は、天のかかりつけの内科医院。

 ……根から絶たなければ。

 天の知る限り、Ω性の特性を少しずつでも打ち消す方法は、あれしかないと思った。





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