69 / 139
◆ 年下の理解者 ◆
第六十九話
しおりを挟む「天くん、自分で拭いちゃったの?」
「…………うん」
念入りに手を洗って戻ってきた潤に、布団をぺろんと捲られた。
天を制した後、今日も何分かトイレにこもっていた隙にぎこちない手付きで天は一人で後始末をした。
潤が戻って来ると、天の意識が覚醒した中で精液やら愛液やらを拭ってもらう事になる。
射精後の脱力感に見舞われている状態であれば「もうどうにでもなれ」と体を預けられるが、さすがに数分後にはこの虚脱感からは抜け出せているだろう。
孔に感じた初めての指の感触にたまらない羞恥を覚えた身としては、これ以上潤に醜態を晒したくなかった。
───好き、かもしれないからだ。
「中は? まだ濡れて……」
「うー! あー! 拭いたよ、拭いた! ちゃんと、拭いた、たぶん。 ……拭けたと思う!」
天の隣に横になった潤が、いつになくしつこかった。
大丈夫だと言っているにも関わらず、ぴたりと寄り添われて心臓が跳ねる。
「見せて」
「えっ!?」
「もしくは触らせて」
「はっ!?」
「僕たちの仲じゃない。 いいでしょ?」
「よくない! やっぱダメだよ、こんなの! 潤くん今日は帰りなさい!」
躊躇いの無い掌が、天を脅かした。
この性への強引さ……本当に年下なのか? 本当に高校生なのか?
天よりいくらも経験のありそうな潤にそう問うてみたいけれど、軽口を叩ける雰囲気ではなかった。
このままでは、天の心臓がそう遠くないうちに壊れる。
さり気なく抱き締めようとしてくる腕からも逃れた天は、布団からはみ出しドテッと畳の上に転がった。
「……天くんの嫌がる事はしたくないんだけど、……帰るのは嫌だ」
「なっ……なんで! そんな事言ってたら引き返せなくなるよ!?」
「どこに引き返すの?」
「え!? それはその……あれだよ、あれ」
「あれって?」
「あれったらあれなんだ! 潤くん、頭がいいんだったら分かるだろ!」
「分かんないよ。 天くんの気持ち、全然分かんない」
それはこっちの台詞だ!と息巻いてやりたかった。
理解者で居てくれるのなら、ほんの少しだけ甘えてもいいだろうかと軽率に潤を受け入れてしまったが、目を覚ました潤からの拒絶が今から恐怖でしかない。
まだ三日だ。
今ならまだ、潤を正しい道に戻してやれば彼は引き返せる。
「と、とにかく、もう泊めてあげられない。 潤くんをヤバい道に引きずり込んでるような気がするんだよ。 俺がΩだって打ち明けてから、潤くんどんどんおかしくなってる」
「…………僕は天くんの理解者で居たいだけだよ」
「じゃ、じゃあ、トイレで何してるんだよ」
売り言葉に買い言葉のようにスラスラと疑問をぶつけた天は、伸びてきた腕から布団の中に引き戻される。
そしてあの、相手を勘違いさせてしまいそうなほど熱のこもった瞳で見詰められた。
この流れで昼寝でもするつもりなのか、潤は天を腕の中に抱き込むとジッと動かなくなる。
「白状したら、ここに泊めてくれる?」
「だ、だめ! それなら白状しなくてい……」
「抜いてるんだよ。 トイレで抜いてるの。 天くんのフェロモンと、表情と、声と、僕にしがみつく掌に興奮して、抜いてる」
「………………ッッ!」
「白状したからね。 今日も泊まるよ。 晩ごはん何作ろうかなぁー」
「ぬ、ぬ、抜いてる、って……っ!?」
「そんなに驚かないでよ。 薄々勘付いてたでしょ? 「挿れないからダメって言わないで」、「天くんの中に入りたい」って僕言ったよ。 いい加減に気付いて?」
「…………っ?」
「フェロモンのせいでおかしくなってるんじゃないよ、僕。 それは分かっててほしい」
もしかしてそうなのではないかと、潤の言う通り薄っすらそんな予想を立ててはいた。
"フェロモンの影響を受けないようにして来た" のは本当であろうが、それは「貫きたい」という激しい欲求のみに恐らく適応されている。
βである潤も、Ωのフェロモンには決して抗えない。 しかし謎の準備をして来た潤は、天を犯してしまうかもしれない理性を制御出来ていた。
それもこれも、潤の気持ちの上で裏切る事の出来ない意中の人が居るからだ。
「だって……だって潤くんには、好きな人が……」
「天くんもそうじゃん。 声聞いただけで昼間から発情しちゃうほど、上司の事が好きなんでしょ?」
「い、いや……そんな事ない、よ」
「僕たちは叶わない恋をしてるんだ。 天くんが分かってくれないなら、まどろっこしい "理解者" なんて言い方やめる。 いっその事、慰め合おうよ」
何かと豊を引き合いに出される。
フェロモンを放ってしまった理由など自分では分からないけれど、明らかに出会った頃よりおかしくなった潤は当然のように言い放ち、天の背中を撫でた。
「そんな名案みたいに言ってるけど……かなりヤバい事言ってるよ? 潤くん、気付いてる?」
「気付いてないのは天くんの方だと思う」
「~~~~っっ? まどろっこしいぞ!」
「分かった。 じゃあ分かりやすく言ってあげる」
ぜひそうしてくれと言わんばかりに、潤の腕の中で何度も頷いて見せる。
すっぽりと覆われるようにして抱きすくめられているというのに、心臓を高鳴らせながらも天は以降その腕を拒否しなかった。
早く帰さなければという思いとは裏腹に、「帰らない」と言い張ってくれる事に喜びを感じている悪しき恋心。
勘違いしてしまうのは、潤の瞳だけが原因ではない。
言葉の端々、背中を撫でる大きな掌も充分に加味されていた。
抱き合って昼寝をしようとする、これが今まさに慰め合っている状態なのだが、天はさらに潤の言葉を待った。
「───僕たちは二番目でいい」
「二番目……?」
「そう。 僕は天くんの事、二番目に好きになる。 天くんも僕の事、二番目に好きになって」
「…………二番目……」
「難しく考えないで。 叶わない恋をしてるから、僕たちは前に進めないんだ。 寂しい気持ちを慰めてくれる人が近くに居た方がよくない? それが信頼し合える友達だったら、もっといい」
「…………確かに」
潤の言葉巧みな罠に、天はまんまと引っ掛かった。
そういう事なら一緒に居てもいいかもしれない、と素直に納得を示した。
天は豊への恋愛感情など微塵もないので、これは潤にだけ当てはまる、ある種の心の契約。
叶わない恋に嘆く潤を慰めてやれるのは天しか居ない、と言われたも同然だ。
───もちろん好きになる。
天は二番目でいい。 全然、構わない。
潤が二番目に天を好きになってくれるのなら、こんなに嬉しい事はない。
気付いてしまったがゆえに、天にとっての一番目は潤だ。
これこそ、叶わない恋。
11
お気に入りに追加
200
あなたにおすすめの小説
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
淫愛家族
箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。
事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。
二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。
だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる