恋というものは

須藤慎弥

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◆ 年下の理解者 ◆

第六十四話※

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 夢に落ちていた天が無意識下でジタバタと暴れぬよう、潤はそうしていただけだった。 目を覚ました天に瞳を細めて薄く笑うと、腹の上から退いて隣に戻ってくる。


「わぁ……すごい、……濃いな。 お医者さんの言う通りだ」


 流れるように自然な手付きでふわりと抱き締められた天は、感心したように呟いたそれでフェロモンが出ている事を自覚させられた。

 とは言いつつ、連日起こしてしまったヒートとはどうも感覚が違う。

 それほど息苦しさは無く、膝から崩れ落ちて床を這っていたほどの脱力感も無い。 ただあからさまな性的な興奮だけが顕著だった。

 潤に抱き締められていてもそれは抑え切れず、こういう場合はどうすればいいかなど分かりきっているものの今の時分には縁がないと思っていた。


「はぁ、……なんで、? 抑制剤、のんでる、のに……!」
「天くん、ゆっくり深呼吸して」
「んん……っ」


 潤の声を聞くと、さらに興奮が増した。

 フェロモンを感じているはずの潤からは、一切の焦りや嫌悪が見られない。 はしたなく下半身をゆらゆらさせて、微かな吐息を漏らす天をひたすら抱き締めてくるだけだ。

 猛烈に、恥ずかしかった。

 潤の胸を両手で押しても顔を背けても、その腕が解かれる事は無くかえって力を強めさせてしまう。

 腰を揺らめかせる度に下着で擦れる性器が熱くなり、触りたくても触れない。 昂ぶった性欲を潤に見られている事に、とてつもない羞恥を覚えた。


「短期間に二回もヒートを起こして、突発的な発情期間に入った天くんの体は抑制剤でも抑えきれないかもしれないって……。 その通りだったね……」
「え、……っ!? そ、んな……っ、でも……これ、どうしたら……!」
「…………出さなきゃ、治まらない」
「ださなきゃ……治まらない……、っ?」


 ハッとして潤を見上げると、思った以上に彼の顔が近くにあって心臓が飛び上がった。

 言葉の意味を理解すると、とんでもなく顔面が熱くなってくる。

 これはすなわち、単なる欲情。

 性別を嫌う天が、これまでほとんど見て見ぬフリをしてきたものだ。


「ねぇ天くん、自分でもまともにしてなかったんでしょ? こうなるのが嫌だから?」
「あ、っ……潤くん、っ……さわ、るな!」


 やわらかな素材のズボンの隙間から、大きな掌が忍び込む。 そして躊躇いなく天の性器を包み込むと、潤は自身のそれのように上下に扱き始めた。


「男の子なんだよ、天くん。 Ωの、男の子。 ちゃんと性欲はあったはずなのに、これも抑え込んでたの?」
「……は、っ……はぁ、ぁう……っ」
「ごめんね、ちょっとだけ痛いかも。 目瞑ってて」
「ぁあ……っ……や、だめだ……、潤くん、そんなこと、しなくていい……っ」


 潤の両肩を掴んで腰を引くも、握られた性器からはとろとろと先走りを溢れさせていた。

 言われなくても目を瞑っていた天の後頭部に、潤の左手が添えられる。

 それがじわじわとうなじ辺りを持つと、グッとそこで力を込められた。


「苦しくない? 痛くない?」
「だ、いじょぶ、だけど……っ、や、だ……すぐ、出そ……なるっ」
「……出さないと治らないよ」
「んやっ……や、っ……いやっ……いやだ……っ」


 首根っこを掴まれたまま、天は潤の胸元で荒い吐息を零す。

 数え切れるほどしか経験のない自慰とは比べものにならないほど、他人の掌は気持ちが良かった。

 素早く上下に扱かれ、時折亀頭部分を指先でくにくにと遊ばれるとあっという間に射精へと上り詰めそうになる。

 何も考えられない。 すぐにでも出てしまいそうだ。

 なぜ潤はこんなにも、小ぶりではあるが紛れもなく男の性器に違いないそれを扱く事に躊躇いがないのか、不思議でたまらなかった。


「これは普通の事なんだよ、天くん。 Ωだからとか関係ない。 男の子なんだから当たり前の事。 ずーっと無理して抑え込んでると、いつかタガが外れちゃうんだよ、今みたいに」
「はぁっ……っ……ぅ、っ……んんん───っ」


 甘やかすような声色で語る潤から、頬に口付けられた瞬間だった。

 先端部分だけを重点的に攻められ、射精感なのか尿意なのかハッキリしない感覚の中、間違いなく潤の手を汚した。

 息を詰めた天は全身を震わせ、しがみついていた潤の肩をより強くギリッと掴む。

 それでも尚、潤は性器から手を離さなかった。 ふにゃりとなったそれに、放った精液を塗りたくるようにして長い余韻を与えてくる。


「これで治まらなかったら、……ちゃんとここも触ってあげるからね」


 言いながら、潤が膝頭で天の股間をぐりっと押した。 扱かれている間もずっと疼き続けていたそこが、期待感でヒクつく。

 だから嫌だった。

 自慰をすると、どうしても後ろの孔が疼く。

 下半身がビクビクするのも、太ももをクネクネさせてみるのも、知らず知らずのうちに秘部を刺激している事に天は気付いていた。


「あ……っ! そ、そこ、……っ、そこは、……っ」
「何? ここがどうしたの?」
「……っ……っ……」
「誰にも触らせてないよね? ここ」
「な、ない、……誰にも……」


 良かった、と控えめに微笑む潤は天のうなじをそっと解放し、ズボンから掌を引き抜くとティッシュで性器を拭った。

 恥ずかしいから自分でする、と言っても、潤は首を振るだけで答えてくれない。


「落ち着いたかな?」
「…………ごめん……潤くんにこんな、……こんな事までさせて……。 あ、ど、どこ行く……っ」
「テレビ付けてくれない? トイレ借りたいんだ」
「……え、……?」


 おもむろに立ち上がった潤を目で追うと、汚れたティッシュをゴミ箱に放りながらトイレを指差していた。

 男の射精の手伝いなどして気持ち悪さに耐えきれなくなったのかと、焦る天に対し潤は「早くテレビ付けて」と急かす。

 言われた通り、天は慌ててリモコンを操作した。


「僕も天くんと同じ、男の子だから」


 こんな台詞を残し、潤は数分間トイレにこもった。

 まだ深夜とは呼べない時間帯の今、人気上昇中の芸人が体当たりでミッションをこなすバラエティ番組が放送されている。

 それをジッと眺めていた天だが、チラチラとトイレを窺うも芸人達の笑い声が邪魔をして物音が聞こえない。

 大丈夫なのかと心配になってきたけれど、何分か前の自身の失態を思うと顔を合わせるのが恥ずかしかった。

 性別がバレてしまったばかりか、本当にフェロモンを感じないように対策をしてやって来た潤に、あられもない姿を見せてしまったのだ。

 どんな顔をしていればいいのか分からない天は、羞恥を疑問にすり替えて小さく首を傾げる。


「……潤くんも男の子だからって……どういう意味なんだ……?」





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