恋というものは

須藤慎弥

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◆ 年下の理解者 ◆

第六十三話

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 寝汗でベタついた体を清めてスッキリはしたが、気が重い。

 大した事はないと言われればそれまでなのだが、天はどうしても、潤にそぐわない我がアパートに招きたくなかった。

 この部屋には必要最低限のものしか置いていない。 質素を通り越して侘しささえ漂っていると、自分でもそう思っている。

 布団を畳み、洗いたての髪を拭いながら薄暗い窓の外を眺めていると、玄関の戸を控えめにノックされた。

 早っ!と声に出し寒いだろうからと急いで扉を開けてやると、それほど冷えていない潤が勢い良く飛び付いてきた。


「天くん!」
「わ……っ、あ、待って潤くん! 上がるのはちょっと……!」
「心配で心配で眠れなかったよ。 天くん、具合はどう?」


 天を抱き締めたまま後ろ手で戸を閉め、鍵までかけて勝手に上がり込む潤は予想以上に聞く耳を持たなかった。

 この過剰なスキンシップをされる度に、天の鼓動が早くなる。 心配で眠れなかったなどと言われると、さらに心がふわふわした。

 ついつい彼に甘えてしまいそうになる気持ちを抑え、「お風呂入ってたの?」と呑気に問うてくる侵入者をキッと見上げる。


「潤くんっ、人の話を聞きなさい!」
「…………聞くよ、何?」
「なんで潤くんがムスッとするんだよっ」
「天くんが心配させてくれないからでしょ。 ほんとはずっとそばに居たかった。 でもお母さんがついてるって言ってたから、我慢した。 ……僕、この二日全然眠れなかった」
「……潤くん……」


 そんなにも案じてくれていたのか。

 微笑みを絶やさない潤には似つかわしくない、見下ろしてくる視線と不安そうに顰められた眉が、天の怒りを削いだ。

 よく見ると、いつも綺麗でツヤツヤしている潤の顔はどこか疲れているように見える。

 さり気なく離れようとしてみても、捕らわれた腰を抱く腕はピクリともしなかった。


「僕は天くんの秘密を守るって言ったよ。 ピンチの時は駆け付ける、とも言った」
「………………」
「ちゃんと、フェロモンの影響を受けないようにもして来た。 ……多分、大丈夫。 だから……そばに居させて?」
「………………」


 天の両手を取って屈んだ潤は、小さな子どもにそうするように瞳を覗き込んでくる。

 強い意思を滲ませながらお伺いを立てられた天の心は、彼に悟られやしないかと緊張してしまうほど、ドキドキと高鳴っていた。

 彼には好きな人が居るのだから、いくらこんな早朝に駆け付けてくれたとしても、妙な期待を抱いてはダメだ。 自分にそっと言い聞かせる。

 ついでに、よくない方へも考えてみた。

 フェロモンの影響を受けないように、など出来るのだろうか。 此処に居たいがため、天を安心させる意味でデタラメを言っているのではないのか。

 何故ここに居たいのかは分からないが、……けれど、熱い視線に嘘は感じられなかった。

 あまり見詰められると心臓が壊れてしまいそうになるので、天は何気なく顔を背けて呟く。


「何にもおもてなしは出来ませんが」
「お構いなく」
「ぷっ……」
「あ、笑った。 天くんの負けー」
「勝ち負けじゃないだろっ」


 あはは、と笑う潤の明るい声にホッとした。

 手を離してくれた事にも、背筋がピンとなりそうなほどの視線の熱量にも、動揺と安堵が重なった。

 看病という名目でここへ来てくれた以上、無下に帰すわけにもいかない。

 本当に来てくれた、と内心ではどこか喜んでしまっている自身の気持ちも、とりあえず隠しておかなくてはならない。

 潤は優しいから。

 今時珍しい、性別の偏見が無い貴重な理解者で、初めて出来た友人と呼べる人だ。

 「しばらく泊まらせてもらうね」と家主の承諾を得る前から勝手にそう決めてやって来たらしい、心許せる年下の友人。

 断れるはずがなかった。

 家に上がり込んで来た時から、そんな気がしていた。

 何せ彼は、何日か分の着替えを詰め込んだ旅行鞄持参で来たのだから───。




… … …



 布団は一式しかない。

 その晩、就寝間際にその事に気付いた天に、潤は「だから何?」と何ら嫌がる素振りを見せなかった。

 寄り添って眠る事になり、オロオロしているのは天だけのようで自分で自分が恥ずかしくなる。

 狭いからという理由を付けて密着して数分後、潤の腕に包まれるとたちまち睡魔に襲われる天はドキドキしながらもすんなりと眠りについた。

 いたれりつくせりだった。

 抑制剤を飲む時間も潤がきちんと指示してくれ、空が用意した食事を仕上げてくれたのも潤だ。

 狭い風呂に交代で入り、並んで歯磨きをして、小さなテレビを二人で流し見した。

 事あるごとにいちいち顔を寄せてくる潤に、その度にドキドキしてしまうのは彼の顔が良過ぎるからだと思い込もうとしている。

 静電気が起きなくなり "もしかして" の可能性が無くなってしまったけれど、潤が天を気使ってくれるうちは甘えていたいと思った。

 たった一日過ごしただけで、天の考えは変わった。 むしろ "友達" の方が都合がいい。

 下手に動揺する気持ちを打ち明けてしまえば、性別の偏見どうこうの前に気味悪がられて終わるだろう。

 それならば、温かい腕を無条件に感じられる今が一番いい。


「……天くん、……天くん」


 潤の穏やかな声が、夢でまで聞こえた。

 添い寝、というほど生易しいものではない状態で潤と寝ていたからか、どうにも下腹部が疼いている。

 真っ暗闇の夢の中、熟睡していた天の体に異変が起こったのは寝付いて一時間ほど経ってからだった。


「ん、……っ……んっ……」
「……天くん、起きて。 天くん」


 揺り起こすために触れられた肩が、熱かった。

 腰がゆらゆらと落ち着かない。

 どうしようもなく、疼くのだ。

 そこに触れてもいないのに、突如そういう欲で頭の中がいっぱいになった天の呼吸が乱れ始めた。

 無意識に太ももを擦り合わせて、中心部を刺激してみようと試みる。 だがそんな事でこの波が治まるはずもない。


「い、……っ? え、っ? なに……っ」


 腹に重みを感じて薄く目蓋を開くと、視界の先で潤が天に馬乗りになっていた。

 

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